第34話
帰宅してから一時間もすると、すっかり私服に衣替えしたドル研の面々が集い始めた。
四条はファミリーパックの花火セットを、日暮はどうせ全部はやれないのに、ありったけのボードゲームを家から持参してきた。ドラッグストアに向かっていた円花は、やたらとこんもりしたレジ袋を持ち帰ってきたのだった。
リビングにある広いローテーブルに落ち着き、それぞれスマホを見比べながらあれこれ言い合い、よさそうな出前を探していく。
「やっぱピザだろ」
「こういうときはお寿司やろうもん!」
「無難にオードブルだな」
「……あの、それならいっそ全部とかどうでしょう?」
「「さんせー‼」」
とはいえ予算が許す限りではあるのだが、今日は誰しも財布のひもが緩いらしかった。
「まだいけそうだな。堀川、どうするよ」
「この人数だしな。あんまり頼みすぎても食いきれないんじゃないのか?」
俺がそう言うと、円花はひらめいたように手を合わせた。
「それなら、せっかくですし……ひなたさんも呼んで五人で食べませんか?」
「お、いいねぇ円花ちゃん。誰か連絡先知ってるか?」
「あたし、ちゃんと交換しとるけん! ちょっと待っとってね」
勝手にどんどん話が進んでいくが……まあ、いいか。
――やがて三十分ほど経過したころ。
俺たちが「オセロのダブルス戦」などという謎のゲームに興じていたときだった。
高らかに玄関チャイムが鳴る。俺はすぐに立ち上がり、モニターホンを見た。
『センパイ、ピザのお届け物ですっ!』
モニターの向こうには、ピザを片手にレンズを見上げる早坂ひなたの姿がどアップで映し出されていた。
「……なぜお前がピザを配達している?」
『さっき玄関先でピザ屋さんと鉢合わせましたので、ひなたが自腹で受け取っておきましたっ』
わざわざ代金を立て替えてまでやるほどのイタズラか……?
「おっ、ドル研問題児のお出ましか?」
俺たちのやり取りを聞いていた日暮が、愉快そうに笑っている。
「勝手にメンバーにするな。……ほら、開錠したから入ってきていいぞ」
『それではセンパイ、失礼しますね!』
――早坂が闖入してきたことで、リビングはさらにカオス状態となった。
まずこの場に訪れたのは、飲めや歌えやの大騒ぎ。
酒などもちろん入っていないのだが、ひと夏の最後を締めくくるビッグイベントとあって、その雰囲気だけでふらふらに酔いしれる奴もいた。
「ですからぁ、円花さん……ひっく、ひなたはぁ、ひなたはそのときから決めてたんですよぉ……もうずっと円花さんだけを追っかけるって心に誓ったんですぅ……!」
「あはは……ありがとうございます、ひなたさん」
「にへぇ……ねぇ円花さん、もっと褒めてくださいよぉ……」
しゅわしゅわと炭酸が弾けるグラスを片手に、早坂が円花に面倒くさい絡みを続けていると。
「ダメばいひなたちゃんっ、円花ちゃんはみんなのモノばい……!」
「ひえっ⁉」
肩身を狭くする円花をぎゅむっと横から抱きしめる四条。まるで猫でも愛でているかのように、その瞳はとろんと潤っていた。
「くんくん……円花ちゃんの匂い……ずっとこうしていたかね……」
「ちょっとぉ、四条センパイもズルいですよぅ……ひなたにも円花さん貸してくださいっ!」
「いや、円花ちゃんはこっちばい……!」
「違います、こっちですよ円花さんっ」
「いたた……痛いです、ふたりともっ!」
両側から綱引きのように引っ張られ、円花が苦しそうにもがいていた。
「……眼福、だな」
「お前はああいうのも好きなのか」
「女の子同士こそ至高、だからな……」
しみじみと口にする日暮。そういう嗜好もあるということだろう。
――やがて時計の長針が回り、九時過ぎを指した。
全員が連れ立って庭に移動した。
ワイワイと楽しそうにはしゃぐ声を聞きながら、俺はひとりバケツに水を汲む。
庭のほうに戻ると、四条が中心になって花火の仕分けをしていた。
「これがスパークで、こっちはへび玉やね」
「へび玉……ひなた、やったことないかもですっ」
「にょきにょきって生えてくる奴な。煙すごいぞ」
「まあでも、まずは王道のスパークからばい。はい、ゆーくん!」
差し出された手持ち花火を受け取り、俺は百円ライターで第一号の花火に火をつける。
わずかに燻ぶって、突然、エメラルドの閃光が闇夜に奔った。
「よっしゃ、みんな火をもらってけ!」
「ひなたも、もらいますっ」
薬筒の先を火花に触れさせると、また色とりどりの光が飛び交い始める。そこからまた新しい花火へ……ひとつからふたつ、ふたつからみっつ。次々に伝播する。
「それじゃ、わたしも……もらっちゃおうかな」
ゆっくりと隣に近づいてきた円花も、俺の花火を火種にする。
やがて勢いよく火花が散り始める。俺と円花の花火は、あるところで混じり合って――すぐにそれぞれ別の方角に向かって、カラフルな光の曲線を描いた。
光は存外に強く、周りにいる全員の顔を白煙越しにはっきりと浮かび上がらせる。
「……きれいだね」
そうつぶやく円花を、俺はそっと横目で見やった。
この世の誰よりも可憐な横顔が、ただ純粋に、閃光の行く末を優しげに見守っている。
「……ああ」
きれいだ……と口にするのは、すんでのところで止めた。
目の前にある美しい情景に惑わされて、不意に口をつく言葉。
それはあまり誠実ではないと、俺はぼんやり考えた。
決起会のクライマックスを迎え、テンションが高ぶりまくる四条・日暮・早坂の三人衆とは対照的に――俺たち二人の世界は、まるでそこだけがすっぽりと切り取られたかのような静謐を保っていた。
「このあとさ」
次々に手持ちの花火を入れ替えながら、俺は絞り出すように提案する。
「少し、時間もらえるか」
「……うん」
「……他の連中が寝静まったら」
そう言ってしまってから、俺は無性に恥ずかしさを覚えた。
すぐそばにいる円花に、心のなかをさらけ出してしまったような気分。
どうにも慣れない。打算的な自分を見られるのは、とてつもなく気恥ずかしいものだ。
「……うん、分かった」
けれど――円花は笑みを絶やさないまま、こくりとうなずいてくれる。
それだけで、俺はすべての苦悩から救われたような気さえした。
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