第33話
八月二十四日。練習二十一日目。
いよいよ本番を明日に控えた俺たちは、公民館の研修室を借り上げ、リハーサル形式の合同練習を行っていた。
四条と円花は、一度試着して以来、久々のライブ衣装に身を包んでいる。
デザインは制服に寄せてあるので、それほど普段と見違えることはないが――とはいえ、学校の制服にはない華やかさは思わず目を惹くし、絶妙なヘソチラなんかが視界に入ったりすると――どうもやはり、胸が高鳴ってしまいそうになる。
「なんか、ちょっとサイズが楽になった気がするばい……!」
「きっと痩せたんですよ! ここ三週間も、ずっと練習してましたから」
「やっぱい、そがんね⁉, 円花ちゃんに言われると嬉しかーっ!」
キャアキャアとお互いの髪留めや制服をいじり合っているアイドル組を、俺たちは遠巻きに観察していた。
「まさに眼福ってやつだな」
露骨に口元を緩ませながら、日暮が俺に耳打ちしてくる。
「そんな目であいつらを見てるのか、お前」
「はぁ? ……おいおい、素直になれって堀川。ムッツリは逆に引かれちまうぜ」
「お前みたいに明け透けなのもどうかと思うが」
「男なんだからしょうがねぇだろ。いいからよく見てみろよ。四条はルックスもいいほうだし、なによりあのはち切れんばかりのバスト……慣れてなきゃ一発でKOモンだな。そんで隣には現役アイドルの円花ちゃん! 遠めに見てもめちゃくちゃ細ぇ……なにより顔立ちとか、たたずまいが浮世離れしてるっつうかよお」
「二次専の設定はどうした?」
「ばっかお前、ありゃもう次元を超えてんだよ」
性懲りもせず日暮がニマニマしていたところで、不意に二人がぱっとこちらを振り返る。
「……ん~~? きょーたたち、またいやらしか目で見よったろ~?」
ジドリとした目つきで、四条がたわわな胸元を揺らしながら近づいてきた。
「んなわけねぇだろ。衣装が似合ってるなぁって話してただけだ。なぁ堀川?」
「こいつ、四条の胸の話とかしてたぞ」
「なッ――⁉」
瞬時に防衛反応が働いたのか、四条は片腕を胸元に巻き付けるようにして隠す仕草を見せた。
「おい堀川っ、てめぇよくも……」
「へ、ヘンタイっ! ここに変態がおるばい、円花ちゃんっ!」
「あ、あはは……まあまあ、京太郎さんもそういうお年頃ですから……」
わたわたと円花が取りなすが、それが日暮への致命傷となったらしい。
「円花ちゃん、そういうのが男にはいちばん効くんだぜ……」
「へっ⁉ そうなんですか⁉」
「ああ……家族からやべぇモンを部屋から見つけられたときの反応が、それだったのさ……」
「その、京太郎さん。やべぇモンとは……?」
「……円花、それ以上追及するのは控えておけ」
「……? わ、分かりました……?」
顔いっぱいにハテナを浮かべる円花。どうやら素で訊いてきたようだ。
「……さすがに円花ちゃんには答えられねぇよな。ちなみにブツは――」
「俺に教えようとするな。いいからさっさと立て」
――そんなこんなで、俺たちは最後のリハーサル練習へと突入した。
円花たちが披露するのは、ドル研オリジナルソングの三曲。
一曲目の『サンシャインガール♡』は、アイドルソングらしいポップな曲調だ。これが最も動きが激しいので、ここでどれだけ体力を維持できるかが(主に四条の)課題となる。
二曲目は『SKYLIGHT』。この曲はしんみりとしたバラード風味で、振り付けはほとんどない。歌唱力勝負なところがあるので、メインで担当するのは円花になっている。
最後は『きみに灯る唄』。こちらは切なくも勇気をもらえる、青春をテーマにした応援ソング。激しくフォーメーションが展開されるので、単純な難易度でいえば最も難しい曲だ。
およそ二週間前の合同練習では、ほとんどの曲がグダグダだったが――今はどうだ。
たまに音程を外すこともあるが、二人ともほぼ正確に音が取れている。
振り付けにしても、歌唱と一緒に、まるで自然に身体が動き出すレベルまで到達した。ここまでくれば、あとはどれほど見栄えをよくできるかがポイントになっていく。
「そこの足曲げるところ、もう少し深くできないか?」
「サビのフリで腰回すとこ、若干タイミングズレてねぇか?」
……俺たちもただ見ているだけではない。気になったところは逐一伝え、そのつど改善されているか確認を欠かさない。
『――ということで、ここからは2回目のMCコーナーばい!』
『ちょっとしたクイズを用意したので、皆さんも一緒に考えてみてください! 正解が分かった方は、大きく手を挙げてくださいねー』
曲の合間に挟まれるMCコーナーも、入念にリハーサルする。
……いちおう、最悪の事態も想定しておくことに決めた。
日暮が手を挙げて、わざとらしいだみ声を発する。
「すみませーん、ちょっと質問いいっすかー?」
『そこのお兄さん、どうぞっ』
「ぶっちゃけ、シクシクの音海円花さんっすよね? めっちゃ可愛いっす!」
『えへへっ、ありがとうございます。でも、わたしは普通の女子高生ですよ♪』
「……それ、場慣れしすぎて逆に怪しまれないか」
『た、確かにそうかもですね……』
とにかく「ステージ上では絶対に正体を明かさない」ことを徹底することに決めたのだった。
――そしてまた、目まぐるしく時間が過ぎていき。
最後に通し稽古をもう一度行って、この日の練習は終了となった。
「ふぅ……お、終わったばい……」
「さすがに、疲れましたね……」
冷房が効いていたとはいえ、アイドル組は既に汗だくのクタクタだ。隅のほうで水を飲みながら、二人そろってぺたんと座り込んでいる。
「明日に響かなきゃいいんだがな、あいつら」
「……そうだな」
俺たちは速やかに機材の後片付けをし、会場にそのまま運べるよう、台車に積み終える。
研修室の掃除を軽くやってから、事務室へ挨拶に向かう。
すっかり慣れた手順だ。……しかしこれも、今日で終わり。
「なんか、実感ねぇよな」
「ああ」
「これからもずっと、卒業するまで続いていくような気もするよな」
「……九月になれば、また元通りだ」
「こいつらもお役御免か。そう考えると、なんか切ねぇ」
俺が押す台車に載ったジュラルミンケースを眺めながら、日暮はぽつりとつぶやいた。
――日常が非日常になり、それがまた日常に回帰していく……。
そういうものなのだ。そういうことの繰り返しを、俺たちはこれから続けていくのだ。
――そうだと分かっていても、割り切れないものもある。
そういう感情もまた、それぞれでどうにか折り合いをつけていくしかないのだ。
方法は人によりけり、だが。
「お待たせばい」
「すみません、遅くなっちゃって」
公民館の玄関先で待っていると、更衣室から二人が帰ってきた。
「……じゃ、出るか」
「……ですね」
「……うん」
「……だな」
それ以上のことを、誰も言わない。
おそらく、言えなかったのだと思う。
これで練習は終わり。残るは本番。
それが終わったら、ほんとうにすべてが終わる。
ドル研の夏が終わる。
音海円花とのひとときは、これっきりをもって閉幕。
……これでよかったのか、俺は。
正しい道を選ぶことができたのだろうか。
円花ではなく、俺は――『答え』を見つけ出せた、と自信を持って言えるのだろうか。
「……んなわけ、ないだろ」
「……え?」
隣にいた円花が、不思議そうな様子で俺の顔をのぞいた。
ここしかない。
温めておいた、最後の提案をするときだ。
「――あのな、お前ら」
公民館を出て数歩進んだところで……俺は足を止めて、全員の顔を見回した。
「今夜、両親がどっちも宿直なんだよ。だから一晩中、家はからっぽだ」
「…………」
言葉の真意を測りかねたのか、誰もがだんまりを決め込んでいた。
「つまりだな。……うちで明日の決起会でもしようと思うんだが……、どうだ?」
そう提案すると、面々は相互に顔を見合わせて――、
「よかね! やりたかばいっ!」
「うおおお、急にテンション上がること言い出しやがるぜ! 俺も乗った!」
「それなら、わたしも……!」
またたく間に、その場に明るいムードが漂い始める。
「なんだったら、泊ってもいいが」
「お泊り! ゆーくんちでお泊り会ばい!」
「よっしゃ、じゃあ今から一旦家に戻って、すぐに堀川の家に集合な!」
「はいはーい! あたし花火やりたか! 花火っ!」
「せっかくだし、いくらか金を持ち寄って出前パーティーと行こうぜ!」
「それなら、わたしはお菓子とジュース買ってきますねっ」
次々と楽しいワードが飛び出してくる現状に、四条は喜びを溢れんばかりににじませている。
「にひひ、今晩は眠れんばい!」
「いや、そこはちゃんと寝ようぜ……」
「こういうときなら、夜ふかしも平気ばい」
「……お前、明日のステージのこと忘れてねぇよな?」
……そうやって和気あいあいと盛り上がる四人を、俺は無言で眺めていた。
これでいい。こいつらには、楽しいイベントとして過ごしてもらうのが、いちばんいい。
俺は俺で、自分の『答え』にけりをつける。
それだけだ。
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