第14話



 しんと静まり返る校舎のなかで、ひそやかに交わされるのはガールズトークだけ。


 訪れたこともない教室の前。白一色に塗り上げられた壁にぺたんと背中をくっつけて、女の子らしく膝を抱え、音海と四条が談笑している。


 で、俺たちはといえば。


「きょーた、まだまだ! ぜーんぜん風力足らんばいっ」

「っ、お前なぁ……こっちだってけっこうな労力だっつーの!」


 攣りそうな右腕を必死にマッサージしながら、日暮は四条に向けて最大出力のうちわ風を送り続けている。


「くっそ……なぁ堀川、そろそろ交代しねぇ?」

「お前のほうが馬力あるだろ。適材適所だ」

「そんな大差ねぇだろうがっ」


 ぶつくさ言いながらも、日暮は真摯に腕を波打たせている。

 ちなみに俺は音海へ向けて、そよそよとした微風を送り込んでいた。


 もっとも音海はそこまで汗をかいていない。やたらと強風に当てられるより、ぱっつんした前髪がふわふわと揺れるぐらいが心地いいらしい。


 いっぽう、先ほどまで持久走を続けていた四条は汗もだくだくだ。


 スポーツタオルを首にかけて、ペットボトルの水をこくこくと美味しそうに飲み干している。


「こんくらいよかろーもん? きょーたはエアコンの効いた部室におるとやけん」

「涼みたきゃ部室まで来ればいいじゃねぇか!」

「めんどうやもん。それに、使えるものは使うべきばいっ」


 つん、と四条は澄ました顔をした。俺たちが担う雑用係のことを言っているのだ。


「でも、ちょっと不思議ですよね」


 くすくすっと軽やかな笑みを浮かべて、音海はその場にいる全員を見回す。


「よくある部活なら、だいたい立場が反対ですし」

「汗くさいウェアで顔を拭う野郎連中に、女子マネが甲斐甲斐しく世話をするって構図だろ?」


 そんな日暮の言葉に、タオルで汗をぬぐっていた四条がぎょっとする。


「なっ……く、くさくなかもんっ!」

「へっ、たとえ話だろ」

「……いじわるっ。あたしが汗っかきなこと、気にしとるの知っとるくせに……」

「最低だな、日暮」

「よくないですよ、京太郎さん」


 音海までもがたしなめにかかり、日暮は一瞬にして四面楚歌と相成った。


「いや……そんなつもりで言ったんじゃねぇっつか……これはほら、四条だからというか……」

「……四条だから?」


 あえてアクセントマシマシで訊き返してやると、日暮はおののくように身体を反応させる。


「なるほどな。だいたい察した」

「ツンデレさん、ってやつですね」

「っち、違ぇよアホっ⁉ 変な誤解を生むようなことを言うなっつの!」


 明らかに焦っている。これは今後にわたってイジり甲斐がありそうだった。

 動揺した日暮が、おそるおそる四条の反応を見やると……。


「……つん、でれ?」


 きょとん? と首をかしげて、四条は大きな目をぱちぱちとまたたいていた。


「つまりですね。ツンデレとは――」

「わー円花ちゃんストップっ⁉ 解説いらない! つかそういうことじゃないから、マジで!」

「じゃあどういうことなんですか?」


「本人の前で説明してやれよ」

「……ほん、にん?」

「うわもう面倒くせええええええっ‼」


 俺と音海の共闘により、断崖絶壁まで追いやられた日暮だったが――これまた度を越えた天然が判明した四条のおかげで、どうにか足を滑らせずに済んだ。めでたしめでたし。

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