第13話
部室にて。
女性陣はさっそく練習に赴いたので、朝っぱらから男二人のドル研と相成った。
俺たちがこれから相手取るのは、すみっこに寄せられていた例のジュラルミンケース三つと、大型スピーカー。なんだろうと思いながらもずっと放置していた代物たちだが、どうやらこいつらが音響機材らしい。
「かなり重いな、これ」
「そいつがアンプだ。んで、こっちがPA卓。ラストのこれがDJセットだな」
予習を済ませていたらしい日暮が、あたかも経験者のような口ぶりで語る。
「まぁ、そんな不安そうな顔するなって。こう見えても俺、機械は得意なクチなんだぜ」
「アイドルオタが語る女性像ぐらいには信用ならん」
「やけに絶妙なたとえをしやがるな……」
いつものようにくだらないやり取りを続けながら、俺たちは初めてのセッティングを進めていく。
「アンプは床に置く。消費電力が大きいから、こいつはタコ足じゃなくて、直接コンセントに繋いだほうがいいぜ。万が一にでも定格電量を超えないようにな」
「分かった」
「PAとDJセットは、机の上に並べて置くんだ。電源を入れる前に、結線を済ませちまおう」
ケースに入れられていた赤や黒のケーブルを次々と取り出す日暮。正直どれが何に対応しているのか一切分からない。
「お前、これほんとうに分かるのか?」
「心配するなって。こういうのは案外ノリで行けるもんだ」
ドル研随一の楽天家たるこいつにかかれば、未知の機材であっても臆することなし。
俺はあまりこういうメカニックなものに強くないので、ある意味で感心する。
「ええと、とりあえずDJセットをピンで繋ぐだろ。そこからアンプへ、スピーカーへ……この流れさえ理解できれば、たぶんそう難しくないだろ」
機材についているいくつもの端子を目視しながら、日暮は一つずつステップを踏んで結線作業を進めていく。
「堀川、このシールドをスピーカーに繋いでくれよ」
「どこに差すんだ?」
「たぶん後ろに穴あるだろ? そいつにぶっ刺しゃいい」
イヤホン端子を数倍大きくしたようなそれを、言われたとおり穴に差し込む。
「よーし。これでとりあえずの配線は終わったわけだ」
続いては、いよいよスピーカーから音を発出する工程へと進む。
「電源は軽いモノから入れていき、重いモノから消していくのが基本だ。それで覚えにくけりゃ、内から外、外から内の順番で覚えればいい。つまり、最初はコイツからってワケだ」
日暮はまずDJセットの電源を入れる。そこからPA卓、アンプ、スピーカーと続けた。
「もちろん、すべてのツマミがゼロの状態で行うべき動作だ。こいつらは年季入ってるしな。少しでも負担かけると壊れちまうかもしれねぇ」
すべての機材の電源がついたことを確認して、日暮はふぅと深い息をついた。
「本番はこれからだぜ、堀川」
「ああ」
PA卓とDJセットの前に立ち、わけの分からない表示やらツマミやらが大量に並んでいるそれを、俺たちはにらみつけるように見た。
「べつにDJをするでもなし、今は再生できればそれでいいからな。どうってこたぁねえさ」
ドル研オリジナル楽曲その1『サンシャインガール♡』をCDスロットに挿入。ディスプレイ表示に目を凝らしつつ、日暮は再生ボタンに手をかけた。
「……再生はされてるみたいだな」
「ああ。問題は次だぜ次」
ここで登場するのが、ラスボスに相応しい風格を持つ機材。すなわちPA卓だ。
「まずはマスター音量を上げる、と。で、接続したチャンネルのフェーダーを上げていくことであら不思議、スピーカーから素敵な音楽が――」
…………。
「……聞こえてこないが」
曲の再生は間違いなく行われている。日暮が行う操作を見ても、とくに不足の点はないように思えた。
「……まあ、挑戦に失敗はつきものってこったな」
日暮は無念そうに肩を落としているが、むしろまったくの初めてでここまで到達できた。まずまずの上出来といっていいはず。
不発の原因を探るべく、俺たちはすぐに機材との終わりなき戦いを再開させた。
無事に音が出なかった原因を突き止めた俺たちは、ここまでの操作を何度が反復し、間違いがないことを確認して手順のメモを取った。
やるべきことを一通り終えたので、俺は日暮と連れ立って女性陣の様子をうかがいに行くことにした。
「どんな練習してんだろうな、あいつら」
後頭部で両手を組みながら、少し面白がるようにつぶやく日暮。
「音海の作った練習計画を見る限りだが、相当スパルタみたいだ」
「おいおい、四条が耐えられるのかよそれ……バスケのドリブルが五回と続かない奴だぞ」
たまの機会に身体を動かす四条の姿を目にすることはある。しかし、お世辞にも運動が得意なタイプとは言えなかった。
あまりいいイメージを浮かべられないままに、俺たちは人気のない校舎の階段を昇っていく。
体育館シューズの立てるキュッキュッという音が、一定の感覚で響いた。そのペースに呼応するように、なんだかいかにもしんどそうな呼吸の音が聞こえる。
「はぁ、はぁ……あ、あと4往復……っ」
どうやら四条は、東西にまっすぐ伸びる廊下をひたすらに走らされているらしい。
体操服はすでにぴたりと肌に張り付き、顔全体がほだされたように赤く染まっていた。
たゆん、たゆん、とリズムよく揺れるバストは、傍から見てもかなりの枷に思える。
「頑張れよ四条ー。ペースが亀レベルになってんぞー」
ニヤニヤと野次を飛ばす日暮に気づき、
「……や、やかましかばい……んッ、ふぅッ……!」
まともに反応する余裕さえない。こちらをちらりと見ただけで、また歯を食いしばる。
コンパクトにまとめられた後ろ髪がふぁさふぁさ揺れるのを、俺と日暮は漫然と眺めた。
「あと二往復ですよ! さあ、これが終わればのぞむくんタイムですっ!」
「っ……、ラ、ラスト二つ、が、頑張るけんねっ……のぞむクン――!」
長い廊下の末端に立つ音海が、よく分からない発破のかけ方をしていた。
ただ効果は抜群らしく、散漫になりがちだった四条の走りがすぐに立て直される。
「なんじゃありゃ」
呆れた目を向けながら、日暮はぼそりと言った。
「お前でいうところの10連ガチャタイムみたいなもんだろ」
「……なるほど、そりゃ気合も入るってもんだ。理解したぜ」
そこですぐに合点するお前の感覚は理解できない。
「さあ、ラストの直線です! ここまで来ればゴールですよ!」
小さい身体ながら精いっぱい手を振る音海めがけて、四条は力の限り駆けていったのだった。
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