第6話



「……さて、仕切り直しといくばい」


 四条から嬉野茶のおかわりをいただいて、再び全員が定位置についた。

 ちなみに音海の席は俺から見て対角、日暮の隣に決まった。そこしか空いてないから必然的にだが。


「えっと……それじゃあ一つ、わたしからお聞きしてもいいですか?」


 ためらいがちに、半開きの右手をもぞもぞと挙げる音海。


「みなさんは、普段どんなふうに活動されてるんですか?」

「「……」」


 活動主体である二人が硬直していたので、代わりに俺が答えてやることにした。


「ああ、こいつらがずっとオタ活してるだけだぞ」

「おい堀川ァ! 俺の深遠なアイドルへの崇拝を、そんな陳腐な言葉で片づけるんじゃねぇ!」

「きょーたは論外ばってん、あたしはきちんとアイドル研究しとるもん! こいば見んね!」


 ダーン! と机上に叩きつけられたのは『のぞむクンForever』と記されたA4ノート4冊だった。


 そのうちの一冊をペラ読みした日暮は、


「なーにが研究じゃボケ! ただお前の推しの個人情報書き連ねてるだけじゃねぇか⁉」

「立派な研究やろ⁉ のぞむクンが出演してるテレビ番組、ドラマ、映画、載った雑誌の情報、行きつけの店、お気に入りの整髪剤までコンプリートしとっとよ⁉」

「ただのストーカーだろそれ⁉ 怖ぇよ三次オタ! それは情熱じゃなくて狂気だっつの!」


「尊い推しのことを知ろうとしてなにが悪かと⁉ きょーたこそ、女の子の絵なんかに一生懸命になったりして、おかしかばい!」

「そのへんにしとけよ。音海がドン引いてるぞ」

「「あ……」」


 熱くなってはすぐに周りが見えなくなるこの症状。これに関しては二次オタも三次オタも共通らしかった。


「な、なるほど。みなさんそれぞれ、お好きなものを突き詰めているっていう……」

「正確にはむやみやたらに追いかけすぎて、こじらせたのがこいつらだ」

「にしてもこのこじらせ方はあんまりだろ。四条これいいのか? お? 数年後明らかに黒歴史ノートと化すだろ、これ」

「そがんことにはならんばいっ! あたしはいつまでものぞむクンに人生を捧げるって決めとるけんね」


「なに言ってんだコイツ。つーかのぞむクンとやらだって、そのうち結婚するんだろ? え?」

「っっっそ、そがん先のことは……ッ、そんときに考えればよかやん! それにもし結婚したって、のぞむクンを推す気持ちはぜったい変わらんもんっ!」

「ハッ――哀れだ、実に哀れだぜ……三次ドルなんて、アイドルである以前に生まれ落ちた人間だからな。結局はお前じゃない誰かに愛を捧げて、幸せに暮らすんだからよ」


 三次ドルのオタクだって、そんなことは当然分かっていて推してるに決まっている。


「その点、二次は無敵だ。まず年を取らない! 俺のめぐたんなんて、永遠の十七才だぞっ⁉ 肌はピチピチ、もちろん特定の誰かのものになることはない! 安心して貢げるッ!」

「あ、あの。さっきから京太郎さんが言っている、二次っていうのは……」


 このあたりの用語に疎いであろう音海が、おずおずと質問した。


「二次元、要するに萌え絵のことばい。きょーたはね、アニメのアイドルば推しよると」

「アニメ……なるほど……?」


 微妙に追いつけていない音海のために、日暮は補足を試みる。


「確かにアニメもあるが、アーケードゲームもあるぞ。最近ハマッた『アイ☆ガッツ!』なんかは多方面にメディアミックスしてるから、普通にリアルライブもしたりするしな」


 ちなみにその手の大型コンテンツは、数百にもおよぶオリジナル楽曲が存在することが多い。しかし日暮はあらゆるアイドルコンテンツをきちんと『履修』したうえで、気の遠くなるほど存在する楽曲をすべて暗記しているのだ。四条の推しドルノートを凌ぐレベルの狂気としか言いようがない。


「――つまりこころさんと京太郎さんは、同じアイドル好きとはいっても、方向性がまったく異なる、ということですね」

「そういうことよ」

「そういうことばい」

「ええと。それなら、悠くんは……?」


 様子をうかがうように、音海は慎重な面持ちで訊いてきた。


「俺はべつに、アイドルに興味はないな。ただ暇をつぶしに来てるだけだ」

「そうそう。ゆーくんはなーんにもしよらんね。部室に来ても、ずっとぼんやりしとるもん」

「あとはたまに、俺と四条の会話に混じってきたりな」

「お前らのおかげで、いらん知識ばかり増えたぞ」


 DDとか箱推しとか地蔵とか後方彼氏ヅラとか、こいつらの会話を聞いてさえいなければ吸収することもなかった不必要すぎる語彙は数知れない。それぞれの意味についてはもう面倒なので、どうか各自でググってもらいたい。たいがいは大した意味ではない。


「まーでも、そう考えたら普通の部活っぽいことはしてねぇよな」


 ぐらぐらと舟をこぐようにパイプ椅子を揺り動かしながら、日暮は視線を宙に浮かべている。


「どうした、いきなり」

「いや、ここは『普通』がテーマなのかと思ったからよ」


 ……なるほど。こいつにしては気の利いた着眼点だ。


「そうばい。せっかくやけん、円花ちゃんと一緒に普通っぽいことやりたかばい!」

「なんだよ普通っぽいって」

「いろいろあるやろうもん。努力! 友情! 勝利! みたいな」


 ジ〇ンプだろうがそれは。


「要するに青春ってことだろ?」


 その三単語を『青春』に収斂させるのはいかがなものか。


「せ、青春……ですか!」


 お前もなんとなく合点がいったような顔をするなよ……。


「……あえてドル研に普通を求めるとするなら、先代がやっていたとおりの活動じゃないか?」

「というと……」

「アイドル活動! ……やね?」


 ちょっとアクセントの位置がひっかかるが、この際それはどうでもいい。


「待て待て、じゃあなんだ? 円花ちゃんがアイドルやるってか?」

「それはちょっとマズかっちゃなか? いちおう活動休止っていう体やけん……」


 音海もそのとおりだと言わんばかりに、こくこくと首を縦に振っている。


「いろいろやりようはあるんじゃないか? たとえば仮面をかぶるとかな」

「アイドルの魅力の八割ぐらい潰してんな、オイ」

「まあ、そういうアイドルグループも実在するばってんね……」


 正統派アイドルオタクである四条と日暮は、どうもご不満な様子。より偶像らしさが際立ちそうなものだが。


「……あのっ!」


 威勢のいい音海の声が上がる。俺たちは三人そろって、話題に上がっている張本人の言葉に耳を傾けた。


「やっぱり、わたし……やってみたいかもです。こういう高校の部活で、自分たちでいろいろ考えて、準備して、ステージを作るみたいな……そういうの、とっても楽しそうだなって!」


 にかっと微笑んだ音海の顔には、純粋たる感情だけがみずみずしく貼りついていた。


「……うんっ。円花ちゃんがそがん言うならっ!」

「俺も異論はねぇぜ。堀川は?」

「右に同じくだ」

「それじゃ、決まりやね!」


 お互いに顔を見合わせて、俺たちは小さくうなずき合う。

 もちろん音海の笑顔も、その輪のなかにしっかりと加わっていて。


「あ、ありがとうございますっ!」


 その瞬間、俺たちドル研の大まかな方向性が決定したのだった。

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