第4話



 とりあえず明日、音海をドル研の部室に招待するということが決まり、その日の課外活動はお開きとなった。


 俺は自室のベッドにごろりと寝転がって、無機質な天井をじっと見つめる。有機質な自分の思考が、さらに研ぎ澄まされていくように感じられた。


 幼なじみの、音海円花。


 片手の指で足りるほどの年齢から、永遠と続くような小学生時代を一緒に過ごした。


 もちろん学年が上がるたびに、少しずつその頻度は減っていった。それでも、俺たちは心の奥底に染みつくような思い出の日々を――たとえば初詣に。たとえばバレンタインに。たとえば縁日に。たとえば誕生日に。たとえばクリスマスに――毎年のように、同じようで少し違う一日をともにした。


 いつからなのかは分からない。けれど俺自身も、少なくともただのご近所さんに留まらない感情を、あの可憐な笑顔に、気ままな振る舞いに、鼻に触れるほのかな甘い香りに、ずっと抱いてきたんだと思う。


 これからも、ずっと……とは言わない。


 けれど少なくとも高校を卒業するまでは、こいつはずっと俺の、いつでも会える幼なじみなのだと。


 勝手に、そう考えていた。


 ――だが。中学校入学を間近に控えた、とある冬休みの日。


 あいつは両親に付き添われて、誰にも気づかれることのないまま……東京へと飛び立った。


 思い返してみても、いまだに信じがたい。あいつはそんな素振りを、俺に一度たりとも見せることはなかったからだ。


『悠くん、中学校に入ったら何するの?』

『今度は自転車登校になるね。何色にする? わたしも合わせちゃおっかなー』

『放課後にさ、こっそり二人乗りとか……そういうのもやってみたいかも』


『部活始めたら一緒に帰れなくなるけど、そのときは夜に会おうね』

『あの公園でもいいな。喫茶店に入ってもいいし。家の前でしゃべるのも、ときどき電話越しでお話しするのも。えへへ、なんか楽しみ~』


 嘘であってほしかった。その言葉すべてが嘘であった事実、そのものが。

 そこまで考えて、俺はぶんぶんとかぶりを振る。……益体もないことを考えすぎた。


 あいつが今、なにを思ってここにいるのか。まだはっきりとしたことは分からない。


 だが今日の様子を見るに、普段の音海を取り巻く環境は並大抵なものではないはずだ。


 なによりあの、畏まった喋り方。

 あいつは決して、ああいう弱気な性格ではなかった。

 なんせ七年以上一緒に過ごしたのだから、彼女の人格はよく知っている。


「……」


 ここに来たのも、音海自身の意志だろう。誰かに強制されたということはありえない。

 あいつがなにを考え、なにを望んでいるのかはまだ推し量れない。


「俺は……」


 もう一度、きちんとあいつに向き合うことができるのだろうか。

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