第3話



 ――とりあえず、各々の簡単な自己紹介を済ませた後。


「すごかねぇ……ほんに、びっくりしたばい」

「まったく、初耳もいいとこだぜ。つか幼なじみの時点で羨ましいってのに、まさかその子が」


 四条と日暮はお互いにひきつったような顔を見合わせてから、


「「本物のアイドル……」」


 見事にハモった。妙なところで息を合わせるな。

 カーペットの上にちょこんと座した音海を、ローテーブルの向かいからドルオタ二人組がまじまじと見つめている。


「それにしても、ほんとうに可愛かね……まるで妖精さんばい!」

「なんかこう、現実離れしてるっつか……あれだ、美術品を眺めてるような感じだよな」

「い、いえ。そんなのでは……」


 そうやって観察されるのが恥ずかしいのか、音海は赤面しながらきゅいっとキャスケットを目深にかぶり直す。


「も、も、も、萌え~~っ! まさにこれが萌えばい……!」

「なるほどな……三次ドルのあざとさというのも、尊み成分を吸収するには悪くない、か」

「バカなこと言ってねぇで働け。なりゆきとはいえ、音海はいちおうドル研の客人みたいなもんだからな」


 俺はドルオタ二人をダイニングへと招聘し、日暮には飲み物を、四条には平皿に持ったお菓子をローテーブルまで運んでもらう。

 しかし二人の音海に対する興味は尽きないようで、半ば身を乗り出しながら質問攻めを繰り返している。


「【シークレットシーク】、名前だけばってん知っとるよ! 女の子三人のユニットやんね⁉」

「は、はい……」

「そのユニットってさ、他の二人も女子高生なのか?」

「そうですね、いちおう……」


「好きな男性アイドルとかって、おると?」

「いち男子として気になるんだが、やっぱりその美貌だといろいろ声かけられたりとか――」

「いい加減にしろ、お前ら」


 ため息交じりに鶴の一声を浴びせる。

 聞き分けはいい連中なので、この家の主である俺の権力は、この場限りで絶大というわけだ。


「急にいろいろ訊かれても困るだろ。まずは、本人の声に耳を傾けるべきだ」

「……うん、そうやね」

「だな」


 場の空気を落ち着かせて、俺は音海の発言を促す。

 それでも渋る様子を見せていた音海だったが、


「……ええと。簡単に言えば、活動を休止させてもらいました」


 覚悟を決めたように、音海は訥々と言葉を紡ぎ始める。


「いろいろ思うことがあって。ずっとアイドルを目指してやってきて、ようやく夢が叶って……でも、こんなのは出過ぎた言い分かもしれないですけど。少し、違うな、っていうことがあって」


「……」


 全員が静かに聞き入っている。音海も少し安心したのか、その口調はだいぶ落ち着いてきた。


「ほんとうにこのままでいいのかなって。もやもやした気持ちをずっと抱えてたんです。それがちょっと、よくなかったみたいで。いろいろと活動に悪影響が出ました。プロデューサーにもそのことを指摘されて、いろいろ相談して……少し、お休みしてみるのも手だなって」


 なるほど、一見すると筋は通っているように思える。

 四条たちも音海の心情を汲み取ったらしく、小さく相づちを打っていた。


 だが……俺としては、どうしても不可解な点がある。


「ひとつ訊きたいんだが……、なぜここに来た?」


 ぴくっ、と音海の背中が揺れる。


「べつに責めてるわけじゃない。俺も……その、久々に顔が見れて、嬉しかったしな」

「…………」

「少しの期間休むだけなら、東京で過ごしてもよかったんじゃないか?」


「それは……その」


 ただでさえ伏し目がちだった音海の黒々とした瞳が、ひどくはかなげに揺れた。


「――よかやんね、理由なんて」

「え……?」


 音海ははっと目を見開いて、思わぬ助け舟を出してくれた声の主を見た。


「だってここは、円花ちゃんのふるさとやもん。ちっちゃい頃に家族みんなでご飯ば食べて、ゆーくんと遊んで、いっぱい眠って、育った町やもん。恋しくなるとよ、ずっと都会におると……そうよね、円花ちゃん?」


 太陽のような笑顔で、四条はにんまり笑ってみせる。


「そうだぜ堀川。芸能界の荒波に揉まれて、いろいろ辛くなっちなったってときによ……親もいねぇ寮の一室で膝抱えて縮こまってるなんて、俺だって御免だ」

「む……」


 こう言い返されると、なんとも反論の切り口に難儀する。


 どちらかというと、「なぜ俺に会いにきた?」と――そういうニュアンスで訊いたつもりだったんだが。質問の仕方がまずかったな、と反省する。


 ふと音海のほうを見やると……汚れさえ知らないような肌白い頬に、つう、と一筋の涙が零れ落ちていた。


「円花ちゃん⁉ どがんしたと⁉」

「……え? あ、あれ、わたし……っ?」


 本人でさえ、その涙の理由に気づいていないようだった。

 すぐに四条が駆け寄り、よしよしとその小さな背中をさすり始める。


「大丈夫っ。ね、大丈夫ばい。ここにいる間は、ゆっくり自分の思うとおりに過ごせばよか」

「だな。なんならせっかくだし、ドル研でいろいろ連れて回ったりするってのもアリかもな。円花ちゃんがよければだけど」


 こいつらの妙なコミュ力の高さは謎すぎる。ついさっきまで電柱の陰に隠れていたとは思えない距離の詰め方だった。


 存外な誘いを受けた音海はといえば、あわあわと両手を動かしながら、


「あ、あのっ! その……もしよろしければ、喜んでご一緒させていただきたいですっ!」


 耳の先まで赤らめながら、思い切ってそう口にした。


「わーい! やったばい!」

「ふっ……ドル研の夏に思わぬ華を飾れそうだな」

「なんする⁉ やっぱりせっかくやけん、一緒にドル研に招待したか~!」

「もちろんだ。んで、やっぱみんなで出かけたりもしたいよな」


「佐賀巡りばい! どこに行くね⁉ 吉野ヶ里? 鳥栖? 有田?」

「そんな遠くに行ったってしょうがねぇだろ。思い出の地巡りとかじゃね?」

「ばってん、なんもなかばい。佐賀は」

「急に冷静に自虐を入れるなよ⁉ 思い出の地だぞ! さすがになんかあるだろ!」


 ……俺が入り込む隙もなく、四条と日暮はまたしても勝手に話を進めていた。


 その輪のなかに閉じ込められた音海は、困惑した表情で――けれど楽しそうに、朗らかな笑みを浮かべている。


 それは彼女が今日ここに来てから始めて見せた、嘘偽りのない笑顔だった。

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