4. ちりあくたの中の流星

 原っぱの真ん中で和気あいあいとたたずむグループを離れて、あたしは片隅で一人、カメラの三脚を立てた。

 例の女子二人のあたりがきつくて、部員のみんながあたしを仲間に入れるのをなんとなくためらっているのには気づいていた。

 周りの顔色をうかがいながらではせっかくの星空が台無しだという判断のもと、他の部員と離れた場所にスタンバっている。

 開けた草原には思い思いに流星群を待ちわびる部員たち――。

 ペルセウス座流星群が夜空に登場する深夜が近づき、ちらほら部員がスタンバイをはじめているのに、ただ一人、彼の――待夜先輩の姿が見えないのは、少し気がかりといえば気がかりだ。

「待夜先輩、どこ行っちゃったんだろうね」

「疲れて休んでるのかもよ。三朝さんにお休みの日まで連れまわされたらしいし」

 あたしは首を横に振った。

 聞こえよがしの悪口に、反論する気も起らない。

 わき目もふらずに、夢だけ見つめて、その結果、かんぜんに一人になったというだけのこと。

 しかたないじゃないか。



「あっ。流れ星!」

「ほんとだ!」

「また流れた! うわぁぁ」



 離れた場所にいる部員のみんなの叫び声をきく。しまった。出遅れた。

 あたしはあわてて、カメラのレンズをのぞき込む。

 レンズに星がたくさん映ったタイミングを見計らって何度かシャッターを押す。

 緊張に手が震えるうえに、画像がぶれてしまってぜんぜんうまくいかない。

 焦りが焦りを生む。

 はやくしないと。

 この徹底的瞬間を納めなければ。

 でも、とらえた画像はあいかわらず激しくぶれていて――。

 どうしよう、どうしたらいい――。



「焦らないで」


 ふいに、横で聞き慣れた声がした。



「まず、レンズは広い範囲をとらえることができる広角レンズに変えて」



 もともとカメラに装着してあったレンズを、黒いふちどりがされた丸いレンズにつけかえると、彼――待夜先輩はあたしの後ろに回って、後ろから右手にそっと右手をそえた。



「あとはひたすら、シャッターを切る」



 彼の指におされて、あたしの指が何度もシャッターのボタンを押した。


 その小さな面積から伝わるぬくもりにひどく、ほっとする。

 ふしぎなもので、落ち着いてくると、レンズ越しにあふれんばかりに降る流星たちをくっきりととらえることができるようになる。

 漆黒の空に舞い踊る流れ星。

 星々の独壇場だ。


 そこにきらびやかな伴奏をつけるように、彼の声が耳元で響く。

「流れ星は、宇宙にただよっている砂粒ほどのちりが、大気との衝突で高温になり、光るものです。いつ流れるかは予測がつかない」

 言われるとたしかに縦横無尽に流れる星たちは大地にいるあたしたちをからかい、遊び、気まぐれに誘っているようにも見える。

「ところが流星群はちがいます。時期や時間が予測できるのは、流星群の流れ星は、太陽の周りを回るすい星が放出したちりがもとだからです。ちりは、すい星の軌道――つまり、動くルートの周辺や全体にただよっていて、その軌道に地球がさしかかるときに流星群が出現するんです」

 相変わらずシャッターをきりながら、かろうじてうなずく。

 そうか。

 だがこの大量の星々は――あらかじめセッティングされた、大舞台なんだ。

「ちりが多い区域に地球が入れば、たくさんの流星を観測することができる。ちりはいわば、すい星が捨てていったかけらなのにね」

 ぐっと身体が傾けられるのを感じる――彼の声が、低くなる。

「周囲からの不要な雑音や嫉妬、中傷――そういう中にあってきらめく人のようじゃないですか」

 とくんとくんと、心臓がリズミカルになりだすのを感じる。

 この心も星空に呼応して踊りたがっている。

「これはいわば、自然界の法則です。凍てつく場所にはオーロラが。乾いた場所にはオアシスが。逆境や厳しい環境こそ、きみを輝かせるチャンスだ」

 星々が視界を明るく照らし出す。

「周りの人々のことを考えるあまり、どうかそれを失わないで」

 彼がなんのことを言っているのか、わかった。

 そうだ。

 そうだったんだ。

 この状況は、チャンスだったんだ――。

 星々のパレードが終幕を迎え、空にふたたび黒いカーテンが降りる。部員たちの歓声をきくともなしに訊きながら、カメラから流れてきた写真をいっぱいに携えて、あたしは振り返った。

「すごい。すごいです! 待夜先輩! きれいな流星の写真がこんなに――」

 いや、流れ星の美しさだけじゃない。

 話したいことは、伝えたいことは、まだまだ――。


「……あれ?」


 横を見ても、周囲を見渡しても。

 どこにも、待夜先輩の姿はなかった。

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