第6章 魔力よりも奇跡を起こすもの
1. 理科のテストで快挙! だけど……
その翌日、先輩は無事、ラヴァンパイア一族の森に帰っていった。
一族がなぜ自分を許したのか、まだ腑に落ちていないらしかったけど、ひとまず、彼に居場所がちゃんと戻ってきて、あたしはほっと息をつくばかりだ。
そしてそして。
七月の後半に入ると、ちょっとしたサプライズがあたしを待っていた。
期末テストの理科の点数が、自己最高の八十点台の快挙をあげたのだ。
中学のときの理科は六十点台、ひどいと四十点台だってありえたこのあたしが。
今日は残念ながらもう昼休みを過ぎた午後の授業の時間だけど。
明日、待夜先輩に報告するのが、待ち遠しい。
がんばったな、と先生からテスト用紙を受け取ってさいしょに、そう思った。
「テスト、どうだった?」
放課後、下駄箱に向かう途中、千佳がそうきいてきた。
「うーん、まぁまぁかな」
「嘘。さっき理科のテスト受け取るとき、先生にほめられてたじゃん」
「へへ。ばれた?」
ぺろっと舌を出す。
「よかったね。杏。あたしもじつは今回点数上がったんだ。とくに国語と英語」
「おぉ」
千佳も勉強がんばっていたもんな。
おたがい、おめでとう、だね。
そう言うと、千佳はちょっとだけ照れたように、
「じつは、今回がんばったの、理由があるんだよね」
ん? 理由。
「カレシとよく話し合ったの。お互い思いやりが足りてなかったなーって」
そうか。
待夜先輩が恋心の泉を、人間界に返却してくれた効果が、現れ出してるんだ。
ううん、千佳もカレシさんも、ほんとは悪くなんかないんだけど……。
そう言うわけにもいかない。
「テストがんばったら、彼と思いっきりデートできるって思って、気合入れたの」
そのかわり心から、笑顔の千佳に言う。
「よかったね。ほんと」
千佳は嬉しそうにうなずいて、
「杏、ありがとう」
へ?
なぜ?
お礼なら待夜先輩に言ってくださいって感じだけど。
そう言うわけにはいかぬし。
「いつも話きいて、応援してくれるから。……そういうとこ、ほんとは助かってるんだよ」
「え? え?」
なに、とつぜん。
恥ずかしいじゃないか。
照れ臭いのは千佳も同じらしく、ごまかすようにうーんと伸びをする。
「さて、夏休み開けたらすぐ文理選択だし、これかもがんばらなきゃ」
何気なく放たれたそのワードにどきりとする。
「杏も文系だもんね。二年になってもいっしょのクラスか~。よっしゃ」
あ――。
「千佳。あたしね――」
「あ~、でもひとまず今日は思いっきり遊ぶぞ!」
なんとなく、口をつぐむ。
理系のクラスに進みたいこと、打ち明けたいけど。
いっしょのクラスになれるのが嬉しいって、これだけ喜んでくれているもんな……。
「ねぇ杏、今日カラオケ行こうよ! テスト終わった祝い。はっちゃけよ!」
そのうち、言い出すタイミングがあるよね。だいじょうぶ。
あたしは千佳に笑ってうなずいた。
夜遅く。喉が渇いてキッチンに言ったら、とうさんとかあさんが、あたしのテスト成績表を見てもりあがっていた。
一階で定食屋の仕事を終えて、二人が二階に上がってくるのが深夜になる。遅めの夕飯らしい。
「すげぇな。杏、がんばったじゃねぇか」
「ねぇ。たいしたもんだわよ」
悪い気はしないから、水をもっと飲みたいふりをしてその場にとどまる。
「このぶんだと帳学園大の経営学部も夢じゃないわね」
かあさんのその言葉に、思わずむせてせき込む。
将来は定食屋をついでほしい。
でも大学も出してやりたいから、できれば経済や経営を学んでほしいって、親からそれとなく言われていたんだっけ。
ここでもなんとなく言い出しづらくて、あたしが将来進みたい道のことは言ってないんだ。
ちょうど、いい機会かもしれない。
そう思って、口を開く。
「あのね、とうさん、かあさん。あたし――」
「経理のことは勉強しておいて損はないから。おとうさん、杏がお店大きくしてくれるかもね」
「おう、できる娘をもって、オレも鼻が高いぜ!」
笑顔で盛り上がる二人を見て、やっぱりなんとなく、口をつぐむ。
「あれ、杏、なんか言おうとした?」
そう言ってこっちを見る母さんの笑顔を見て、とっさにこちらも笑顔をつくる。
「なんでもない!」
使ったコップを急いで片すと、あたしは逃げるように、自室に向かった。
♡~♡~♡
翌日の昼休み開始のチャイムがなるのをあたしはどこか上の空できいていた。
別段体調が悪いわけじゃないのに、なんとなく違和感がある。
小さな小石がお腹の中にひっかかっている感じだ。
ちょっとだけ立ち上がって裏庭に行くのもおっくうだけど、それでも。
待夜先輩の顔見たら、元気になれる気がする。
そう思って、いつもどおり裏庭へ行こうと、足を踏み出した。
そのとき。
「三朝さん」
険のある声で名前を言われて、ぎくりとする。
教室のすみに、二人の女子が立って手招きしていた。
同じ天文部で、あたしの進路希望を悪く言った子たちだ。
お腹の中の小石が、いっきに特大の岩くらいの大きさになる。
無視するだけの度胸があればいいのにと、半ば本気で思う。
それでもあたしは立ち上がって、しかも柔らかな調子で言ってしまう。
「なにかな」
たんなる嫌がらせか牽制だってとっくにわかってるくせに。
たまに顔を見せる、自分のこういうところが、ほんといやだ。
案の定、二人の女子は顔をしかめて、いきなり言い放った。
「いい気にならないでね。待夜先輩にちょっと優しくしてもらって、成績上がっただけなのに自分はできるって思って」
「ずうずうしく頼み込んで、遊園地にも連れてってもらったって? そういうの、ほんとうざい」
何と答えていいかわからず、かと言って謝るのも違う気がして黙っていると、
「なんとか言いなよ」
と強く言われて、ごめん、と一言答える。
だから、なんで謝ってるんだ、あたし。
と、自分につっこむ余裕は、そこまでだった。
「待夜先輩、三時間目の体育のときに、倒れて保健室にいるんだって」
世界から、全ての色があせたような心地がする。
「知らないの? ほんとおめでたいよねー」
「一人だけこそこそ勉強教えてもらったりして。あなたが負担かけるからじゃないの」
コペルニクス的転換が、その瞬間、あたしの中で起こった。
つまり、考えのすべてが、かんぜんにひっくり返った。
なにが謝る理由がわからないだ。
悪いのは、あたしのほうじゃないか。
疲れているっていうのは、わかっていたはずなのに。
彼に無理をさせて、倒れさせてしまった――。
千佳。とうさんとかあさん。
そして、待夜先輩。
夢を追うあまり、この目は、みんなのことが見えなくなっていたのかもしれない。
まだ罵倒を続ける彼女たちの声は入ってこなかった。
ショックからなんとか我に返ると、襲ってきたのは不安という第二派だった。
先輩は、だいじょうぶなのだろうか。
あたしは彼女たちの咎める声を背に、ほぼ無意識に、駆け出した。
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