12. 吸恋鬼の苦手な食材
次に向かったのはおシャレな洋食品店。
紺色の棚に西洋風のスイーツや紅茶缶が並んでる。
うん、ここの雰囲気は先輩のイメージぴったりだ。
さっきは誕プレ選びどころじゃなかったからな。
こっちのデカフェの紅茶セットいいなぁ。ミルクティーに合うフレーバーセレクションだって。
へぇ、変わった調味料なんかもいっぱい売ってる。
ついつい目移りしてしまいそうな目をあたしは一旦正面に戻す。
いかんいかん。
選ぶ前に一つ、確認しておかねば。
あたしはさりげなく、紅狼さんに耳打ちする。
「待夜先輩って、アレルギーとか苦手な食材ってあるんですか?」
「とくにそういうのはねーかな。恋心が常食になるまえの幼少期は、なんでも食って強い男になれってオレと親父が教育したからな」
ふーむ。
あ。
あたしはにんにくに太い眉毛のついたキャラクターがプリントされたスナック菓子を見つけた。
「『がりがりがーりっく』のお徳用だ!」
これめっちゃ好きなんだよね~。
いったん手を出したら最後。香ばしい香りが食欲をそそってとまらなくなる……。
ああ、かすかにしょっぱいあの味を想像しただけでよだれが。
「うん。自分の好きなもんを誰かに買ってやって教えたり、楽しみを共有したりするのだって、りっぱなプレゼントじゃねぇか?」
にかっと、紅狼さんが斜め上から笑いかけてくれる。
先輩と昼休みに裏庭でわいわいお菓子食べたら。
楽しいだろうな。
――いや。待て待て。
誕生日にスナック菓子っていくらなんでも。
オシャレ感なさすぎプラス、チープ感ありすぎだろう。
これはさりげなく、自分用に買うことにしよう……。
静かに買い物かごに特大がりがりがーりっくを忍ばせて、ふと思った。
「でも、吸恋鬼って、吸血鬼の親戚なんですよね? 吸血鬼ってたしか、ニンニクが大の苦手のはずじゃ?」
指摘するも、紅狼さんはきょとんと目を見張った。
「そうなのか?」
いや、逆にきかれても。
「そりゃ知らなかったな。待夜家じゃ、パスタの香りづけなんかによく使うぜ。あの香り、食欲そそるよな~」
そう無邪気に笑われても。
「冥都なんか、朝はガーリックトーストが日課だぜ」
……どうなってるんだ吸恋鬼一族。
「じゃ、先輩が苦手なものはないんですね」
後ろで紅茶を眺めている待夜先輩にきこえないように囁く。
先輩やラヴァンパイア一族の話になるとどうも横道にそれていかん。
プレゼントプレゼント。
本来の目的にかかろうとした矢先、紅狼さんがにっと口の右端を上げた。
「あ。――あったかもな」
紅狼さんに向きなおった瞬間、その指がパチンと鳴った。
急に低く落とした声が、耳元で囁かれる。
「――一つだけ」
瞬間、店のそこここから、悲鳴が上がった。
きゃぁ、なに? なんだこの赤いものは?
お客さんたちが口々に声を発して、頭や身体をかばっている。
そのはずだ。
おしゃれな照明あふれる店の天井から。
あるいはシックな床から。
赤い液体が噴き出している――!?
店内がパニックになる中、すぐわきにやってくる影があった。
「杏さんっ、この血祭りの地獄から、今すぐ逃げましょう。お連れします。こちらへ」
え。やっぱり。
これって血なの。
さぁっと全身の力が抜けていく。
まさか、この店で、殺人が?
「くっ、兄さん、よくもこのような非道な手段を……!」
そしてそれが、紅狼さんの仕業?
あたしの夢を狙っているとはいえ、そんなひどい人には見えなかった。
むしろ親しみやすくて、優しそうな人だと思ってきていたのに。
そんな想いをあざ笑うかのような高笑いが響く。
「冥都。この液体をなにより苦手とするお前が、杏ちゃんをここから無事連れ出せるかな」
いや、血って、あんまり得意な人はいないと思いますけど。
とかいうつっこみすら浮かばず、待夜先輩に抱えられるようにしてお店の出口に近づいたとき。
ぶしゃぁぁぁっと、液体が勢いよく吹き出す音がして。
さすがに恐怖心にあおられて、身をかたくし、ぎゅっと目を閉じた――。
数秒経って目を開いたとき、あたしは。
悲鳴も上げられなかった。
ただ頽れて、目の前に倒れているその人を揺さぶる。
ぐったりと待夜先輩が横たわっていた。
その下にはおびただしいほどの赤い液体。
「せ……んぱい」
「先輩、待夜先輩――っ」
静かに、その瞼からヴァイオレットグレイがのぞく。
「……杏さん、もうしわけありません」
でものぞいた力ないヴァイオレットグレイの面積はいつもの半分くらいで。
「どうやら、オレはこれまでのようです」
もっともききたくない一言に、激しく首を横に振る。
「いいんです。オレはもう、いいんですよ」
にこ、と微笑んだその顔に生気はない。
すぐに待夜先輩は苦痛に歪んだ表情をひきしめる。
「杏さんだけでも、この地獄から逃げてください」
そう言うと、その瞼がまたゆっくりと落ちて――。
「だめ。先輩、だめっ。起きてください!!」
なんで。
なんで突然こんなことに?
わからない。
わからなすぎます、先輩……。
でも思うことは一つ。
こんなのやだ。
このまま彼が目覚めないなんて。
そのことへの恐怖だけが背中をがくがくと震わせる。
力の限り彼を揺すぶり――。
ぴちゃっと、赤い雫が跳ね返って、しゃにむに叫び続ける口に入りこんだ。
ん。
生臭くないぞ。
鉄臭くもない。
むしろ、甘酸っぱくて、美味……?
血って、こんな味だっけ?
「いやぁ、いったい何事だろうな」
「摩訶不思議ですね、店長」
お店の中から。声がする。
「店内のトマトジュースがぜんぶ空っぽになって、かわりに店内のあらゆる場所に降り注いでいるなんて」
「いったいなんのいたずらだろうな」
……。
「先輩?」
あたしは一声、かけた。
意図せずとも一瞬前より冷酷になってしまったのを自覚する。
彼のほうは一瞬前のモードからまだ覚めていず、切なげな微笑みを浮かべた。
「杏さん。……早くお逃げくださいとお願いしているのに、あなたはまだオレのことを。しかたのない人だ」
「かっこいいモノローグ中すみませんが、一つ確認いいですか?」
すっと息を吸いこみ、尋ねる。
「先輩が苦手な液体って、トマジューなんですか?」
目を苦しげに閉じたまま横たわった彼が……こくり頷いた。
「すっぱくて……飲みづらいし……なんか血みたいで、怖いじゃないですか……」
……。
「なにより、匂いがだめで。ああ、トマト、おそるべし……」
「もう、一生そこで寝ててください」
「杏ちゃん。ようやく邪魔者を排除したし、オレに夢、吸わせてくれるー?」
新たな声が響くと同時に、すぐ真下から腕を引かれて、そのまま倒れ込む。
――え。
「……させま、せん」
今あたし待夜先輩の上に倒れて。
しかも頭を彼の胸に押し付けられて――。
ふん、と、90度反転した視界の中で、紅狼さんが息を吐く。
「お前もしぶてーな、冥都」
いや、というか。
おにいさん。あなたはお店の人に激しく謝って、掃除をしてください。
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