11. 怖いものが苦手な吸恋鬼です

 紅狼さんに連れられて入ったのは商店街の本屋さんだった。

 一番手前に雑誌コーナー。

 奥のヤングアダルトーー中高生向けの本のコーナーで、彼は一冊の本を手に取り示した。


 真っ黒い表紙に髪が長い女の人が血のべっとりついた包丁を持ってうつむいている絵が描かれている。

 これはどう見ても怖い本。怪談を誕生日にプレゼントするってこと?

 真夏だからそれもありか。

 いや待てよ。

 待夜先輩って、ラヴァンパイアだよね?

 ラヴァンパイアって妖怪の一種だよね?

 妖怪に怪談を贈るとはこりゃいかに。


「おもしれーかもしんねーよ?」


 紅狼さんはナイショというように口元に指をあてて、


「あいつは、怖いもの全般が苦手なんだよ」


 ……いかん。

 今、目をきらめかせてしまった。

「それ、ほんとうですか?」


 いつも余裕の笑みを浮かべどこか超然としている待夜先輩が。

 紅狼さんはふかーくうなずく。

「高いところ、お化け関連、爬虫類やなんかは一番きらいだな。見つけると秒速でとびすさる」

 口元をおさえて、本棚の前にうずくまった。

 今あたしの背中は震えているだろう。

 やばい。おもしろすぎる。



「兄さん。杏さんになにでたらめを教えているんですか」



「わっ、待夜先輩。あの、気配ゼロでとなりに現れるのやめてください」

 今度こそきちんとそうつっこむと、あたしはがっくりと肩を落とす。

 なーんだ。でたらめだったのか……。

 ははっと紅狼さんは悪びれもせず笑う。

「小さい頃はちょっと怖い話しただけで耳塞いで逃げ出してたあのかわいかったお前も、好きな子の前じゃいっぱしに見栄はるようになったか」

「ご冗談を。オレもラヴァンパイア。妖怪ですよ。どこの世界に妖怪を怖がる妖怪がいますか」

「せ、先輩、右肩……!」


 声が裏返った。

 今度は完全に別の意味で全身ががたがたしだす。

 め、目玉が、目ん玉が……浮いてる。先輩の右肩の上にふよ~りと。

 やだやだっ。かくいうあたしもこういうのはダメなんだ。


 ぺしゃんと先輩はその目玉をつぶした。


「このていどのものならばとっくに攻略済みです」

「ちっ。人間界のもん浮かしたくらいじゃさすがにだめか」


 すみません、目玉型のお財布の落とし物なのですが、と先輩はふつうに店員さんにその目玉を渡しにいく。なんだ……財布だったのか。

「おやそれは。ありがとうございます。お預かりします」

「ひっ」

 小さい声を抑えきれなかった。

 そう答えながらこちらを向いた男性店員さんの額に、第三の目が――!!

 瞬間、ふわり身体が浮く。

 力強く肩のあたりを抱きかかえられている感触がして――本棚や周りの景色が見えなくなって、一瞬後、着地する。

 三つ目の店員さんが遠くに見える。

 今、ものすごい速さで後方に五メートルくらい、身体が移動した?


 目の前には先輩の背中がある。


「こ、この、邪悪な化け物め。杏さんにあだを成すものはゆ……許しません」

 心なしか歯切れ悪いですが。

 それでも先輩はびしっとかっこよく手を出してポーズする。

 そしてふっと、不敵に微笑み、

「さぁ、どこからでもかかってきてください」

 ……いやいやいや。

「5メートルも後退してから言う決め台詞なんざ説得力ゼロだっつーのばーか」

 適切すぎる指摘をしつつ、紅狼さんが三つ目店員さんの背中に触れると、店員さんがすっと消えていく。

 あー。この人も紅狼さんが魔力で出したものだったのか。

「しかしまぁ、逃げるときにカノジョ抱えたのを鑑みて、ぎりぎり至第点だ」

 評価を述べながら、紅狼さんはぺろりと唇を舐めて、こう言った。

「もし置き去りにしてたら、遠慮なく杏ちゃんの夢をおいしくいただいてたとこだったぜ」

 まさに今、おいしい好物を味わっているかのような表情で。

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