10. おにいさんと誕プレさがし

 カフェを出て、帳町商店街を、三人で歩く。

 紅狼さんに出会って、そこに待夜先輩もついてきて……なんだかやっかいなことになってしまった。

「ねぇ、杏ちゃんはこの街のどこが好き? カフェとか行くの?」

 一歩分前から身をかがめて、さかんに話しかけてくる紅狼さんに適当に返事をしながら、斜め後ろを歩く待夜先輩を見やる。

 何気なくショーウインドーを見やるふりをしながら、注意はこっちから離していないのがわかる。

 ……もうあたしのことなんか助けないって言ったくせに。


 ちくりという旨の痛みとともにひらめくものがあって、あたしは紅狼さんに身を寄せた。

「おにいさん」

 いきなり近寄ったあたしに、紅狼さんはちょっと驚いたように紅い目を開く。

 大事な夢を狙われているという危険つき。とはいえ、待夜先輩のおにいさんがすぐそばにいる。この状況、見ようによっては、棚からぼたもち、ふってわいた幸運、天から金貨、あんえくすぺくてぃど・らっきーってやつじゃなかろうか。

 おにいさんなら、弟さんのことをよく知っているはず。

 誕生日プレゼントにいいヒントをもらえるかもしれない!

 見たとこ、チャラくて軽そうではあるけど、だからこそ重要な情報なんかもちゃらっと、いやさらっと教えてなんかくれやしないだろうか。

 そんなことを思ってふふと微笑んでいると、紅狼さんが気をよくしたようにおどけた笑いを浮かべて頭に手をやった。

「なに? さっそく冥都からこのイカしたにいちゃんのほうにのりかえたくなったってか。いやー、まいるねー。モテることに関しちゃ自覚は一応あるが、まだ出会って15分と経ってないぜ? こりゃ新記録だわ、マジで」

 いろいろ勝手なことをしゃべって気が済んだだろうと判断して、あたしは切り出した。

 先輩にはきこえないように、声を小さく落として。

「あたしが探してるの、待夜先輩のお誕生日プレゼントなんです。なにがいいか、ちょいと助言を承りたいなーんて、思ったりしているんです、が」




「――それ、マジで言ってんのか」


 あれ。おにい様。がらりと雰囲気を変えられたような。

 いきなり肩をがしっと掴まれて、面食らう。


「なぁ杏ちゃん。このさいだから直球でいこうや。オレは弟と違って、策略だの計略だの回りくどい手段より、そっちのが好みでさ」


 は、はぁ。


 お兄さん、真剣なまなざしが、どこかぎらついてますが。



「冥都とつきあってんのか」


 ――ひっ。

 目が紅く光った。


 落ち着けー、杏。怖がることも後ろ暗いこともあたしにはなにもないんだから。


「いいえ。つきあってません」

「ほんとに?」

「ほんとです」

 ひらりと身を反転させて後ろ向きに歩きながら、紅狼さんはいぶかし気に見つめてくる。

「だったらなんで誕プレなんか買うの? フレンドシップってやつ?」

「ええと、強いていえば、はい」

 先輩にはいつも、理系の科目を教えてもらっていて。

 いろいろお世話になっているので。

 それで日ごろのお礼を、ということをどうにか説明する。

 


「ふーん。いろいろお世話にね」


 ふいに紅狼さんは、にぱっとわらった。屈託ない太陽のような笑顔――兄弟で笑い方まで

 ほんと対照的だ。


「いいよ。教えてやるよ。――冥都のこと」

 きらりとまた、八重歯が光ったような気がした。

 直後、目にも止まらぬ速さで肩を引き寄せられる。

 そのとき。

 瞬間移動のごとく速度で待夜先輩が目の前に現れた。


 口元だけで微笑んで、目が笑ってない。


「兄さん。杏さんにいったいなにをしでかしやがってくださってるんですか」


 ま、待夜先輩。口調がいろいろ迷子に。

 そんな彼にひらひらと紅狼さんは右手を振った。


「悪い冥都。杏ちゃんお前にはもううんざりなんだって」


 えっ!?


「――なっ。杏さん、ほんとうですか?」

 そう言う彼の瞳がしゅんとしおれていく。

 今朝のこと、まだ怒っていらっしゃるんですか……。

 そう言って見つめてくる、哀しげなヴァイオレットグレイの瞳。


「ち、違います。そうじゃなくて――」


 もう好きになさってください。そう言いながら先輩はやっぱり心配してきてくれた。

 あたしの夢がラヴァンパイア一族に狙われてるっていうのには驚いたけど、待夜先輩の今までの過保護もぜんぶ、あたしの夢を守るためにしてくれていたんだってわかった今は。


 あたし――。


「ささー、杏ちゃん。こんなしちめんどくせーヘリクツヤローなんかおいといて、二人で帳町をデートとしゃれこもうぜ~」


 わっ。

 心の中で切ないモノローグを繰り広げているあいだに、なんか話すすめられてる!


「いえ、あの、ですね。あたしは」

「ってわけで冥都、杏ちゃんもらってくわ。間違っても追っかけてくるなんて見苦しい真似すんなよ!」


 びゅん。

 ふわり足が地面を離れて飛んでるみたいな感覚が全身を包み込む。

 風を切って、紅狼さんに誘導されているんだ。

 は、はやい……!


 後ろで、不敵な笑みとともに先輩の呟きが風に乗ってきこえてくる。

 


「兄さん、それは追いかけてこいとほぼ同義では」

 なんですかその熱湯を前にしたお笑い芸人の「押すな」的な理論は!

 できれば振り返ってそうつっこみたかったけれど、あたしの身体はしっかりと紅狼さんに抱えられていて、それはかなわないのだった。

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