7. 紅目のおにいさん現る

 はぁぁぁ。

 啖呵をきってやってきた帳町商店街前。休日のお買い物ににぎわう人々を前に、長い長いため息をつく。

 サプライズ準備の前からどっと疲れた。

 もとはと言えば先輩を歓ばせたくてしたことなのに、なんでこうなっちゃうんだろう。

 

 一度だけ揺れた、切なげなヴァイオレットグレイの瞳を思い出す。

 わかりにくいけど、たしかにあれは悲しげな表情だったような。


 ……ちょっと、言い過ぎたかな。


 知らず猫背になる背筋に気づいて、ぴんと伸ばす。


 いやいやでも、先輩もちょっといきすぎじゃないか?

 片時も離れたくないなんて。


 ……どうぜ、この恋心、食べるためのくせに。


 ああだめだ。

 どっちがわに転んでも思考が下降していく。


 こんなときは。

 あたしはすっと、商店街を見つめた。

 帳町名物新月まんじゅうに、お茶屋さんにお土産屋さん。レトロなカフェなんてのがひしめいて、活気づいている。

 こうなったら、誕プレさがしを思いっきり楽しむしかないよね。


 めぼしいものがないか目を配りながら、タイルのしかれたその道を進む。 

 ほんのりあたたあなオフホワイトが目に入ってふいに足を止めた。

 通りの角に、ぽつんと、白く塗った木でできたそのお店はあった。

 立ち寄って覗くと、ログハウスのような雑貨屋さんらしい。

 へぇ、かわいい!

 きっと新しくできたんだな。

 店先に小さな本棚が備え付けられていて、手帳や小さな本が置かれている。


 やはり、将来の夢柄というべきか、惑星のピンポイントのステイショナリーに目がいく。


 濃紺の表紙に、金の惑星がついている。

 シンプルで、男の人も使っていそうなデザインだ。

 まだ真昼間だけど、ふいに頭の上に一番星がきらめいたような心地になる。

 ……もしこれが待夜先輩のかばんに入ったら。

 どんなことが書き込まれていくんだろう――。


 図書室で披露してくれたような、先人たちに関する知識。

 天文学部の斬新な企画案。

 それから。

 有名な天文学者の名言なんかあったりして。


 文字からしてきっと繊細で知的で。

 彼の人柄がにじみでていて。


 思わずその手帳に手を伸ばす。

 中身も見てみたい。


 伸ばした手が道半ばで止まる。

 うぬ?


 ひょっとして、身長足りない?


 あたしの手よ、もっと高く。あーっぷ、あっぷ、あんどはい! はいっ!


「はい」

「は……い?」

 後ろから伸びてきた大きめの手が目当ての手帳をとってくれた。


 振り向くと、そこには長身のおにいさんが立っていた。

 赤茶色の髪をワックスをつけてととのえてる。

 小ぶりのイアリングなんかつけていて。ジャケットにジーンズ。

 よく言えばハイセンス、正直言えばちょっとちゃらめな大学生くらいのお兄さんだった。


「これ、お目当ての品なんでしょ?」


 大きな澄んだ紅の目が、愛想よくこちらに向けられる。


「あ。ありがとうございます――」


 受け取ろうと手を伸ばしたら、手が届く前にひょいっと交わされてしまう。


 ステイショナリーをしげしげと眺めると、おにいさんは言った。


「洒落てるけど、男もんだよね。これ。カレシに?」


 どきっ。

 って、なぜどきっとするあたし。


「い、いいえ」

 そう答えればいいだけなのに。

 ところがおにいさんはひょいっとステイショナリーを軽く投げてキャッチしながら。

「お、その反応は図星だなー」

 おもしろそうにそんなことを言ってくる。

 出会ったばかりなのにずいぶん気さくな人だ。


「商店街巡りなら、気をつけたほうがいいよ。今日けっこう、風強いから」


 そうだろうか? この真夏の快晴日に?

 だが彼がそう言ったとたん。

 強風が吹いてきて、手帳の展示されていた棚がこっちに向かって落ちてくるじゃないか!


 ぎょえぇぇぇ。

 なすすべもなく、ぐっと身を固めてうずくまる。


 怪我したくない。

 痛いの嫌い。


 嫌い嫌い嫌い……。


 ――あれ?

 落ちてこない?

 

 目を開いてあっと声を上げた。


 おにいさんが棚を支えて戻してくれていたんだ。


 苦心して大きな棚を戻すと、彼は顔をしかめて腕をふる。

「はーっ、きたーっ。やばい、折れてるかも」

 えっ。それはほんとにやばい。

「だ、だいじょうぶですか? あの、あたしになにかできることは」

 手を差し伸べた瞬間――きらり。

 目がワインレッドに光った気がした。

 どこか妖しでミステリアスな、高貴な宝石のような輝き。

 あれ。

 この感じ、どこかで――。


「……ほんと?」


 紅目のおにいさんのいさんの口の端がにやりと上がり、そこから八重歯がのぞいていた。

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