6. けんかしました
なけなしの魔力をふりしぼって、うちの同居人となってからこっち、待夜先輩と四六時中一緒の生活が続いている。
厳密な意味での、四六時中――なぜか彼は、ずっとくっついてくる。
遊園地で体調を崩したから心配と言って。
朝ごはんもいっしょ。
いっしょに通学して、下校して。
教室にお迎えにくるのはさすがにやめて校門にしてもらったけれど。
「杏さんのことが心配だからです」
理由を訪ねれば、さらりとそんなふうに答える。
「片時も離れたくない。寝室もいっしょにしたいくらいです」
「冗談抜きでひっぱたきますよ」
とまぁ、こういう軽口はともかく。
それは同居が始まってから一週間が経過した日。
本格的に都合の悪い事態に、あたしは直面した。
高校のクラスの待夜先輩ファンクラブの子たちの会話から知った情報によると、三日後の7月20日は、彼の誕生日らしい。
そうと知っちゃったものは、しかたない。
これも義理人情を欠かせない商売人の娘の性だ。
そして、商売人の娘たるもの、サービスとは豪快に、贅沢に、さりとて心細やかにが信条である。
ここは、帳町の街中でいい感じに気取りすぎず気負わせすぎない値段のものを捜索しよう。ざっつらいと。それが妥当だろう。
そう。――待夜先輩には、ナイショで。
あたしは日ごろの感謝を込めた、サプライズプレゼントを脳内でひそかに企画していた。
つまり。
だから一人になりたい。
「先輩あの、今日ちょびっとだけ、一人の時間がほしかったりなんかするんですが」
当日を来週に控えた日曜日、朝食のあと、あたしの部屋でゆったりと読書にいそしんでいる先輩にそう申し出るも案の定、渋面だった。
「……どうしてもですか?」
本からあげた眉間はかすかにしかめられている。
「はい……」
「杏さん」
ぱたんと本を閉じると、待夜先輩は、わざわざクッションから立ち上がって、あたしのすぐそばに来て肩を抱くというアクションをすると、
「今あなたを一人にするわけにはいかないんです」
近い。
だからそういう切なる囁き方をしないでください。
心臓が破裂します。
だが。
ここで負けたらあかん。
「理由もなく一人になっちゃいけないなんて。あたしにもプライベートはないんですか。……あたしだってたまには、いろんなことから解放されて、一人で街を歩いたり映画を観たり、好きなことがしてみたいんです!」
家事育児に疲れた主婦顔負けの宣言を試みるも、先輩はゆっくりと、諭すように言う。
「なにかあったとき、杏さんお一人では、むざむざ危険な連中にされるがままになってしまう」
帳町をどんだけ危険地帯だと思ってるんだこの人。
「もー、しつこいな」
クッションから、あたしは立ち上がり、びしっと指をつきつけた。
「自分のことくらい自分で守ります! あたしも立派な高校生なんですよ。これでもけっこうしっかりしてるんです。先輩のガードなんてなくても、まったく問題ナシですから!!」
「……」
あれ?
黙ってる?
先輩、黙ってるけど。
こちらを見つめる瞳が、一度だけ、揺れた。
これって傷つけた?
もしかして、地雷踏んだ?
ふいに、鋭い吐息が静まり返った部屋に響く。
「まったく、しかたのない人だ」
あごにすっと人差し指が添えられる。
正面から据えられるのはどこか、冷たいヴァイオレットグレイの光。
「わかりました。そこまでおっしゃるのなら、お好きになさってください」
いつにないポーカーフェイスに、射抜かれたように、動けない。
「ただ、どのようなことになっても、泣き事は言わぬよう。オレは一手すら出しません」
む。
むむ。
そんな言い方って!
むんずと右足を踏み出し、そのまま部屋の戸口に向かって歩く。
「わかりましたっ。もうあたしのことはほっといてくれてだいじょうぶです。ではっ!」
彼の顔を見ずにあたいはばたんと、ドアを開けた。
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