5. ただ今絶食中

 それから仮とは言え我が家の一員となった待夜先輩は、家事を真面目にかつスマートにこなした。

 やってきた夜は夕飯の支度の手伝いに、お皿洗い。

 休みの日は掃除と洗濯。

 丁寧で完璧な仕事ぶりにかあさんが大喜びなのはいいけど。



「なんで魔力使わないんですか?」


 そうきいたのは、彼がやってきてはじめての週末。

 考えてみれば遊園地デートのときからずっと、彼は魔力を使うのをしぶっていたけれど。


「魔力は少なからず体力が必要なので、節約しているんです。この家に設定を加えた時点で、なけなしの残り分を使ってしまい、ぐんと減ってしまったので」


 ガソリンみたいな仕組みなのか。

 いつも涼やかにきりっとしている目元はこころなしかおちくぼんでるし。

 無意識にあたしは自分自身の右手を見つめる。

 遊園地デートのとき、肩をすり抜けたよううな気がした、この手。



 恋心補給しないといよいよまずいのかもしれない。


 その想いを察したかのように、彼はますます気づまりそうに目を逸らした。

「……じつは今、絶食中でして」



 ……はい?


「その身体でダイエットですかっ!? 全国のきれいになりたい女子に恨まれますよ!」


 思わずそう返してしまったけれど、先輩はいつものようにのってくることはなく。


「いえ。その。そういうわけではなく」


 もごもごと口を動かして、視線も泳がせたままだ。

 歯切れの悪い待夜先輩なんてめずらしい。なんでだろう。

 言うのを躊躇する理由でもあるんだろうか――。


 あ。

 心当たりは、胸の中にあり。


「……あたしが、恋心をなくすなんてひどいって言ったから?」


 そう言うと、先輩は困ったようにうつむき黙っている。

 あれを気にしてるのか……!


「あれは、ああ言っちゃったのはその」


 恋心をなくすなんてしてほしくない。そう思うのは正直、変わっていなくて。

 でもそうしないと彼は今にも倒れそうで。


「ううう。どうしたら。あたしのせいで、先輩が弱ってる――」

 ぐるぐると頭の中をカタツムリの模様のようにえんえんとうずまく両立しえない二つの思考が、


「――あなたのせいではない」


 栄養不足のせいでボリュームをやや落とした――けれど、きっぱりとした声音に、静止する。


「これはオレが考えて出した結論です」


 まっすぐな眼差しで。

 ちょっとやつれたかと思える顔で。 

 そう言われても。


 あ。

 また。

 やめて。

 そんなふうに優しく微笑まないで――。

 そんな顔されたらあたしは。


「ですから杏さんが心配することはなにも……」


 って、あたしの胸がきゅっと痛くなる以前にふらついてるじゃないですか!

 もたれかかってくる彼を支えながら、

「わ、わかりました!」

 あたしはとっさに提案する。


「恋心って食材はさすがの定食屋三朝にもないけど。腕によりをかけて、あたしが夕飯作りますから――っ」

 腕に支えていた重みがふいに軽くなる。

「なんと。それはほんとですか?」


 回復早っ。


 疲れをにじませる中低音で、先輩は言う。

 かすかに頬を赤らめて。 

「当然ですよ。杏さんの手料理とは」

 いつもよりちょっとだけ余裕のない、いたずらめかした瞳で。

「これは、大げさに弱ってみせたかいがありましたね」


 けれど極度の疲れに震えたままなの手を、エプロンをつけながらあたしは横目で見ていた。

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