第4章 ご褒美には遊園地をご所望します
1. ご褒美
高校の裏庭でぐーっと伸びをする、7月の第二週。
単元末確認テスト後の解放感からだ。それも今回はとくべつ。
じつは、なにをかくそう、けっこうがんばってしまったのだ。
苦手な理科の克服。今回の単元末テストでいい点数をとることをあたしはひそかな目標にしていた。そして、毎日の昼休みの待夜先輩の天体講義が着実に力になっている気がしていた。
じつは、天文学自体が理科のテスト範囲になることは少ない。
今回も、テスト範囲からは外れていた。
でも、地道に数学の勉強のあわせて行っていたのが功を奏した。数学は天文学だけじゃなく、理科という教科全体と強く結びついていることに気がつくのにそう時間はかからなかった。数字への苦手意識が薄れたことが、結果的に理科の勉強への抵抗を大幅に減らし、学ぶ速度をスムーズにしたと思っている。
それを踏まえて臨んだ今回のテスト――ぶっちゃけ手ごたえはかなりのものだった。
だが、手ごたえと結果はまた別もの。
ぱちんと手をあわせて、あたしは天文学と物理と、化学の神様に祈る。
どうか、今回の理科のテスト、いい点数のお恵みをわれに――!
「よくがんばりましたね、杏さん」
ベンチの後ろから声がして、あたしはきまずさにあわせた手をたたむ。
見られてしまった。
「いえ、その、あはは。待夜先輩に祈ったわけじゃないんですが」
先輩はにこりと笑った。オレも、いい結果を祈っていますよ。さらりとそんなことを言って、となりに腰かける。
「杏さんのがんばりは天に届きます。万が一今回届かなかったとしても、次回があります。反省点を踏まえて徐々に目標に近づきましょう」
「はーいっ!」
元気良く手をあげたあたしに、先輩がうなずく。
「天からの前に、まずはオレから、杏さんにご褒美をさしあげましょうか」
「え? ほんとですか?」
そうきいて色めき立たないわけがない。
なにかななにかな。
天丼かな寿司かなと考えてしまうのは、うちが定食屋を経営している娘の性であろう。
拳をつくってうきうきと上下させていると、くるりと先輩のきれいな顔がこっちを向いた。
そして、ゆっくりと近づいてくる。
え。まさか。
ちょっと、どんどん近くなってますけど。
耳元まできて、待夜先輩は囁いた。
「今週末、好きなところへ連れていってさしあげます」
……ほわい?
苦笑しつつ、先輩が続ける。
「オレにとってのご褒美も兼ねさせていただいてしまって、恐縮ですが。テストでがんばったのは杏さんだけではないということで、そこはどうかご了承を」
はぁ。またよくわからんたわごとをおっしゃる。
「それで、どこをご希望ですか? 理科の学習によいのは、博物館や水族館、それに……」
「しゃーらっぷ!」
ヴァイオレットグレイの瞳が大きく見開かれる。
しまった。興奮のあまり、ふだん心の中でしかつかわない英語つっこみを思いっきり声に出してしまうとは。失態。
動物は好きだし、さいきんは地層や古代の自然にも興味がわいてきたのは事実。でも、なんたって今はテストが終わったばかり。しばらく難解な生物や考古学はご免こうむる。
テスト中のあっぷあっぷしていた状態から、夏の休日に空気を入れ替えるように、すーっと肺いっぱいに息を吸い込む。
「もっと思いっきりリフレッシュできるところ。そう――遊園地がいいです!」
メリーゴーランド、コーヒーカップ、そして、ジェットコースターは、あたしの大好物だ。
とくに帳遊園地にある最大級で、最後に水の中に落ちるやつは、めちゃめちゃテンションがあがる。
解放感のままにそう叫んで直後、はっと、それこそ水をふっかけられたように冷静になる。
待夜先輩と、二人きりで遊園地?
それって思いっきり、デではじまってトで終わるものじゃないか。
なんという大胆な発言をしてしまったのだ。
反省。
青くなってうつむき、なんとなく沈黙ができる。
ちらと横を見ると、先輩が――あたし以上に青くなっていた。
「あ、あの……」
そうですよね、彼女でもないこんな地味系女子と遊園地なんて。
ちょっと言ってみただけなんです、小粋なジョークです。あはははは。
なんとかそうフォローしようとしたときだった。
先輩が、顔を上げた。
「……いいでしょう。杏さんが、お望みならば」
「……へ」
い、いいんだろうか。
「では、待ち合わせ場所と、時間を決めましょう」
「でも、あのほんと今のは」
「決めると言ったら、決めるんです。杏さんのご希望を蹴るなどという選択肢は、オレにはない」
「はぁ……」
なんだかわからないがそう言う先輩の瞳は悲壮な決意が満ち満ちていた。
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