2. 優しさの核は強さ
「あんなふに言うことないじゃないですか」
小春が走り去ってしまったあと、裏庭のベンチで。
あたしは待夜先輩にぶーたれていた。
小春のことはたしかに気がかりだけど、今はそっとしておいたほうがいいだろう。
明日あの子のクラスまで訪ねて行ってフォローしておくとして。
「では杏さんはいつまでもお友達が地獄の雑草に捕らわれたままでよいと?」
長い足を組み、平然と呟く先輩に、
「……そういうわけじゃないですけど」
あたしは、脳内でふさわしい言葉をさがしながら、説明を試みる。
「小春は、ほんとにいい子なんです。優しいってだけじゃなくて。ほんとは芯も強くて。そんなことされていい子じゃないはずなのに」
先輩はなにも言わない。
黙って少しだけ身をこちらに傾けている。
拝聴するということなのだろう。
「高校入試のとき、同じ中学からの受験だったっていうこともあって、面接試験でいっしょになったんです」
あたしは、そのときはじめて、ふだん大人しい小春の強い一面を見た気がした。
それは、面接官に最近気になったニュースについて質問されたとき。
温暖化とか少子化とか、あたしは事前に考えておいた無難な答えを言った。
小春の番になったとき。
あの子は、はっきり答えたんだ。動物虐待です、と。
小さなくりっとした目でまっすぐ、真ん中にいる面接官の先生を見つめて。
『なぜ、人を殺した人は死刑になるのに、動物を殺した人は死刑にならないのか、わたしはふしぎに思います』
『動物にも感情があれば痛みも感じます。犯人に命の尊さについて考えてほしいです。苦しんだ動物たちを救いたいという思いが、獣医になるという夢につながりました』
小春がそう言った瞬間、面接室がシーンとなって。
「思ったんです。この子は今本音を話してる。たぶん面接官の先生たちにも伝わってたと思います」
世の中の許せないことに対して、自分の考えを持って、きちんと表明できるなんて。
ちょっと気が弱くて、みんなの後ろにいるような小春を、いつも守ってあげてるつもりだったけど。
違ったんだ。この子はすごいんだって。
誰にも分け隔てのない優しさの核はもしかしたらこの強さなのかもしれないって思った。
「だから、どうしても許せないんです。あんな優しいあの子を殴る男がいるなんて」
もうこれ以上、あの子に傷ついてほしくない。
それが、小春に、つきあっているカレシと別れろとあたしが強く言い切れない理由だった。
「――誰かの中のある部分を好きになる理由。それは一説には、自分自身の一部分を投影して見ているからだと言います」
ツツジの茂みをまっすぐに見つめ、先輩が言った。
茂みのすぐうえに、青く光る蝶がたった一匹舞っている。
太陽の光を浴びてサファイアに光るその姿は、女王然として気高かった。
「杏さんにも、双葉さんに通じるものがあるのでしょう」
そこからふいに視線を逸らしてもまだ、青い光が視界に残っているような錯覚が起きる。
「あたしは。あんなふうに優しくも、強くもないけど」
庭を訪れる人誰にも披露する青く美しい舞い。
けれど蝶は誰の手にも留まらない。地球の重力からすら自由であるかのように錯覚させるほど、軽やかに飛翔する。
「オレには見えます。あなたの優しさも、強さも」
蝶が安らうように、ピンクのツツジに留まった。
「なにか言いましたか、先輩?」
蝶に夢中できき逃した言葉を尋ねると、待夜先輩は静かにいいえ、と首を振る。
「ご安心を。杏さんの大切なお友達となれば、オレが見過ごすなどということはあり得ませんから」
先輩はそう言うと、あたしと同じ方向を見つめた。
その口元にいつもの微笑はない。
夏空を反射してか、ヴァイオレットの瞳の中にターコイズグレイがくすぶり、重くうごめくようで。
軽やかに踊る蝶と、奇妙な対を成して見えた。
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