8. 敬語なしの告白

「あのさ。三朝。ごめん」

 翌朝高校で、五宮さんは頭を下げてきた。

「やばい連中から、助けようとしてくれたのに。やな態度とって、ごめん」

 クラスの女王様が。

 この地味系女子に、今なんて。


「謝ってやってんだろ、なんとか言えよ」


 いや、むしろそれで謝ってるつもりなのか。


 口から出たのは、ぷっという息。

 なんか笑えた。


「ううん。もういいよ」


 なんだかんだ言って、不器用な人なのかもしれない。

 手先は器用だけどな。


 机の上に光る青いケースを、示しながら、ついでのように言葉が出る。

「そのペンケース。すごくすてきって思ってたんだ。五宮さんが作ったの? よかったら今度、作り方教えてくれないかな」

 よっしゃ、言えた!

「初心者にはムリ」

 ……あ、さいですか。


「だから」


 顔全体で、にかっと、五宮さんは笑った。


「今度、作ってきてやるよ」


 あぁ、これが。

 ほんとうの、五宮さんの笑顔なのかもしれない。


 ツンデレなのかな。

 笑いを噛み殺しながらありがとうと頷くと、ふっと五宮さんが勝気に笑った。


「けどな、三朝。恋は譲る気ないから」

 ……え?

「とぼけんな。冥都先輩のことだよ」

 たっとリズムよく、彼女は去り際にあたしの肩に触れる。

「ずっとそんなふうにぼやぼやしてるうちに、あたしがもらうから」

 とっさに言葉を返せないうちに、彼女は自分の席へと戻って行った。

 決然とした足取りで。


♡~♡~♡


 そしてなんと。


 五宮さんは先輩を裏庭に呼び出した。 

 今度は自分で。

 なんなんだこの行動力。

 恋は譲らない宣言されてから、わずか三日後だぞ。


 例によってツツジの茂みの中で監視要員をやりながら、先日のデートのお礼を言う五宮さんとその前にいる待夜先輩を見守る。


「先輩のおかげで、もっと、勉強がんばろうって思えました。できるかはわかんないけど、将来手芸品のお店持てたらいいなって。だから手芸だけじゃなく、経営のこととかもっと勉強しないと」

 心から嬉しそうに。

 花が綻ぶように、彼は微笑む。

「そうですか。応援しますよ。――あなたならきっと、なしとげる」

 笑顔の花の香がぱっとあたりに散った、その瞬間だった。


「あたし、冥都先輩が好きです!」


 息が、止まった。

 待夜先輩の反応をおそるおそる確認する。


「ありがとう」


 相変わらず、花舞うような笑顔。


 魅惑の花弁が一枚、寂しげに散るように、彼は少しだけ、その表情を陰らせた。


「でも、五宮さん。あなたが必要なのはオレではなく、認めてもらうことだったんです。傷ついていた幼い自分を癒し、前に進むこと」


 続く悲しい言葉の予感に、五宮さんの眉間に皺がよる。

「……そうかもしれない」


 そして、彼女はまた顔を上げた。


「けど! 先輩があたしのほしかった言葉をくれて、あたしは変われた。それは事実じゃん!」


 ぐっと握ったこぶしはかわいらしさの演出じゃない。

 必死さの証。

 今の彼女は、口調をカモフレージュすることすら忘れている。


「もう、外面だけ強いやつらになんか好かれなくったっていい。けど、冥都先輩に好きになってもらえたらって。そう必死に思う、自分がいたんだよ。今までの、なんとなく、嫌われるのが怖いからって気持ちじゃない。もっとはっきりした、一筋の痛みに近いような気持ちで……」

 たどたどしくも、ひたむきで切実な告白を包むように、彼はまた微笑んだ。

「焦らなくても、進むべき道をみつけたあなたに惹きつけられる人はきっといます。その中にはほんとうのあなたを理解してくれる人も」

 すっとかかげた彼の指先が、宇宙の色に光った。


「ですから。今はその痛み、お預かりします」


 そう言うと、五宮さんの指を手に取る。――ネイルはやめたらしい、細い糸を巧みにつむぐその指先を。


「あ」


 あわてたように、五宮さんが手をひっこめようとする。


「だめ。今その指先、夢中になって針仕事してたらけがしちゃって、きれいじゃないし――」


 その指先に、わずかに彼の唇が、触れた。


 強いヴァイオレットの光が放たれて。

 あまりのまぶしさに目を閉じて、開くと――。


「あたし、なんでここにいんの?」


 ぽかんと口を開けて、立ち尽くす五宮さんがいた。


「待夜先輩?」


 呼び方が、戻ってる。


「あ。ごめんなさい。クラスの子から、ペンケースの作ってくれって頼まれてんだ。作り方復習しとかないと。急がなきゃ」

 くるりと踵を返し――。


「すみません。誰かに物作り頼まれたのはじめてだから、はりきってて。――失礼します」


 はにかんだような笑みのあとで、ぺこりと頭を下げて、走り去っていく。


 先輩はその後姿を微笑みで見送っていた。


「いいんですか? せっかくの恋心食べちゃって」

「杏さん」

「あたしにはまんざらでもなさそうに見えましたけど。先輩、強い女性がお好みなのかなって」

 ジト目で、まだ五宮さんの背中から目を離さない先輩を見つめる。

「そうですね、たしかにきらいではありませんが」

 やっぱりな。

「オレには、強いのは杏さんのほうに見えますけどね」

 へ?

 ブーメランをくらったようなきょとん顔をしてしまう。

「五宮さんを危険なことに強引に巻き込もうとする人たちに堂々意見したのは、杏さんですよ」

 ベンチに向けて歩きだしながら、先輩はすらすらと言った。

「英語ギャグをまじえた浪花節、見ごたえ十分でした」

「……先輩、もしかして見てました?」

 にこっと、彼は微笑む。

「魔力を使って少し」

 そのうち水晶玉とか出してくるんじゃないだろうな。

 夏の風に本のページがはためくように、ふしぎな記憶がよみがえる。

 派手系女子たちに迫ってこられた直後、あたたかいなにかに包まれて、気がついたら家の前にいた。

「正直、圧倒されました。最初は手を出さずに見守るつもりだったんですが」

 あれももしかしたら――。

 切実で真剣な瞳があたしを射抜く。

「先輩、助けてくれたんですか。……その」

 それなら、言わないと。

 助けてくれて、ありがとうございました。

「自分でも戸惑いました。――意図しないうちに魔力を使ってしまうなど」

 彼がふとアンニュイに斜めを向く。

 本来、特定の誰かに強い興味を寄せるほうではないのですが、と。

「五宮さんを助けるために切った、お笑い啖呵。その芸があまりに高度で。……よくできたコメディ映画のクライマックスを見るかのように、この目をくぎ付けにして――」

 ……お礼言うのやめようかな。

「オレのシメのスイーツを、誰かに傷つけられるわけにはいきませんから」

 そう言ってベンチに腰かけて。となりの席についたあたしの後ろに、彼が手を回した。

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