6. ザンネンなツリー

 ついにやってきた待夜先輩と五宮さんのデートの日。

 昼休みの天体講義のとき待夜先輩からきき出した情報では、帳海岸を散歩するらしい。

 この暑い中、日焼け対策兼隠れ対策に帽子と、サングラスまでかけて、監視要員再びよろしく、ついふらふらと、気になって見にきてしまった。

 現在テトラポットの脇で、待ち合わせ場所にたたずむ待夜先輩をはっている。

 ……なにやってるんだあたし。


「冥都先輩―。お待たせしちゃってごめんなさいー」


 やってきた五宮さんに、心で問いかける。遅れてくるのも計算なんでしょうか。


 数日前の落いつめられた面影はどこにもない。

 メイクもファッションもばっちりだ。

 キャミソールのワンピに、カールして結ったポニーテール。

 

 手をふる街夜先輩にいたっても。

 紺色のシャツにスラックスのさわやかルック、さわやか笑顔で。


 真夏の太陽の下で、彼は軽やかに、


「五宮さん。メリー・クリスマス」


 その場を凍りつかせた。


 時が止まったように笑顔で静止している五宮さんの代わりに、ここはつっこもう。

 あのー、先輩。

 クリスマスまではあと半年近くありますが。


「えっと、今日、クリスマスじゃない、ですよね?」


 おいおい、宇宙一気まずいセリフを彼女に言わせてるやんけ。


 先輩らしくないミスだな。

 ところが待夜先輩はぶれずに笑顔で言い放つ。

「いいえ、今日はクリスマスです」

 きょとんと華やかな目を瞠る五宮さんに、彼は寄せては返す波の向こうをうながす。

「オーストラリアなどの南半球ではクリスマスは真夏です。サンタがサーフボードに乗ってやってくるんですよ」

 潮風を浴びてなびく髪。

 桃色のグロスを塗った唇が、かすかに開いた。

「同じ行事でも、国が違えばその印象はがらりと変わる」

 そして待夜先輩は、彼女に向きなおる。



「あなたの中の悲しいクリスマスを、塗り替えてみせます」



 マスカラとビューラーできれいにくるりんしたまつ毛に縁どられた目を、五宮さんがしばたたく。


 ……そうきたか。


 ひゅっと待夜先輩が指をふると、波間から三匹のイルカがジャンプして大きな輪っかを作った。


 二度目に指を振ると、太陽の光が強くなり、きらきらオレンジ色の光が波に一本道を作る。



 砂浜を数歩後ずさり、五宮さんは口元に手をあてがう。

「いったい、なんなの、これ。手品ですか?」

「はい」


 五宮さんの目が徐々に期待にきらめいていくのがわかる。


「すごい。こんなもの用意しちゃうなんて。大変だった、ですよね」

「ちっとも。あなたのその笑顔のためなら」

「え。え――?」

 饒舌な彼女が珍しく言葉に詰まる。

 きっとその奥に潜んでいるのはあたしにも覚えがある感情だ。

 この人は、新しい世界を見せてくれるかもしれない。

 そういう、わくわくした気持ち――。

 いたずらっぽく、先輩は微笑んだ。

「本番はこれから。五宮さんにふさわしいクリスマスツリーをご用意します」


 彼がパチッと指を鳴らすと、濃い霧のようなものが海岸を包んで。

 彼女と、そしてあたしの胸の高鳴りも最高潮に達し――。

 でてきたのは。


「ん?」


 テトラポットの陰、素で声に出してしまった。

 これ……なんかしょぼくないか。


 砂浜にひょっこり生えてきたのは、膝小僧までくらいのサイズの、木だった、

 枝が上のほうで三本にわかれていて。

 葉っぱ一つない。

 しかもなんかへんだ。


 別れた三つのてっぺんにそれぞれみょうに色っぽい唇がくっついている。

 ちなみにグロスの色は、左がマーマレードオレンジ、真ん中がベビーピンク、右が深いダークレッドってとこだろうか。

 右側のダーグレッドの唇が開いた。


「やほー。冥都。おっひさ~。ツヨ木だよ~」


 次いで、オレンジとピンクも。


「チョリーッス。ナマイ木に会いたかったっしょ?」

「元気してたぁ? バカショウジ木でーす」



 五宮さんが戸惑ったように長いまつ毛をしばたたき。

 待夜先輩が脱力したように肩を落とす。


「ギャル木三姉妹。なぜあなた方がここに――はっ」


 なにかに思い至ったように待夜先輩は五宮さんに向きなおる。


「もうしわけありません。ちょっとした手違いで。五宮さんをイメージしたクリスマスツリーを出そうとしたら、五宮さんのもつ波動の影響で性格と本音を体現したギャル木三姉妹が出てきてしまったというわけでは、決して、ありません」

 それヤブヘビです、先輩!

 凍りつく空気をよそに、ギャル木三姉妹は、のっぺりとしたやる気のない口調で続ける。

「なにぃ? 冥都。ついにカノジョつくったの~?」

「魔女の娘に、雪娘。いろんな妖怪の子からのアプローチ袖にしてたくせにさ」

「てか別に、この華恋って子がアンタといるの、一時的なステータスのためだしぃ」

「そうそ。ほかの手頃な男いたらとっととのりかえようぐらいにしか思われてないしぃ」

「え、まじ。そーなんだぁ」

「そだよーぉ。乗り捨て馬ってやつー。超うけるんですけどー」


 盛り上がる外野。肝心のカレシとカノジョは沈黙している。

 何だこの、真夏なのに絶対零度の空気は。


「みなさん、オレのことはあとでなんとこきおろそうとかまいませんから。今は黙っていてくださいますか」

「てかさ、でっかいキレーなクリスマスツリー出すはずがうちら呼び出しちゃうとか。冥都も案外ザンネン妖怪だよねー」

「ツヨ木さん、その口を閉じてください」

「あたしナマイ木なんですけどー?」


 もはやムードもへったくれもない。



 なんだか先輩が気の毒になってきたそのときだった。


「ごめんなさいっ!」


 いきなり五宮さんががばっと頭を下げた。

 ポニーテールが勢いよく垂れ下がる。


「あたし、このリップたちが言うとおりのこと、思ってました!! どうせ一時のステータスのつもりだとか。ほかに手ごろな男いたら乗り換えようとか。そういうこと、ぜんぶ……」


 もともと残念すぎる空気だったとはいえ、まさかの展開。

 カノジョがこの氷河期ムードに輪をかけた!?

 五宮さん。……あんたまでどうかしちゃったんかい。


「あたし、最低ですね。ほんと、ごめんなさい」


 ――あれ。


 顔を上げて後れ毛をふりはらう五宮さんを見つめる待夜先輩の瞳は、余裕に満ちている。


「なぜ、打ち明けてくださったんですか?」


 

「……それは」


 強風が吹いて、きれいな一筋のカールが五宮さんの口元に入り、しばらくもごもごと苦戦してから、彼女は切り出す。


「……冥都先輩あたしのためにあんなすごいこと。きっと、一生懸命やってくれたんだって。こんなことまで、してくれるって思ってなかったっていうか。そう思ったらなんか、変な感じに――喉の奥が詰まったように苦しく、なってきちゃって」


 

 くすりと笑みをこぼし、先輩は目を細める。

「ほんとうに、あなたは正直な方ですね。ご自身にも、もっと正直に接してあげたらいかがです?」

「――え」


 太陽に積乱雲が重なり、束の間の影を作り出すと、瞳の中のアメジストが濃くなる。

 そこにはかすかに黒が混じっている。


「かまいませんよ。束の間の恋。のぞむところです」


 それはミステリアスな吸恋鬼の笑み。


「そのごく短い間に、あなたがどれほどオレを夢中にさせてくださるのか。ぜひとも拝見したいですね」


 口元がゆるりと綻ぶ――。

 獲物を前にした上級の獣のように。



「……ずるいってば、冥都先輩」


 泣き笑いのような顔で、五宮さんがうつむいた。

「言ったとおり、あたしはサイテーなんです。こんなやつだってばらしちゃったあとで、できることなんかなんも」

 そっと、彼は五宮さんの肩を抱いた。

「震えていますね。自信がなくて、いつも誰かの目に怯えている。拒絶されるのが怖くて、強い自分を演じている。獅子の皮をまとった子うさぎ。それがあなたです」

「そ……そう、ですよ」

 追いかけてくる視線から逃げるように、五宮さんは顔を背ける。

「だって」

 そうか。

 彼女は、獅子の衣をまとわなければ。

「ほんとのあたしはサイテーなんだ! 誰も好きになってくれないんだから、しょうがないじゃんか! あたしはなにもできない。なんにも」

 ぽたりと、砂浜に雫の跡ができる。


 そこに視線を落とし、先輩はなおも、挑戦的に微笑む。


「信じられませんね。ほんとうに、あなたにできることなど、なにもないんでしょうか」


 かすかに開いた口からきらり、陽光を反射してキバが光ったような気がした。


「……ツリー」


 ふいに。

 導かれるように五宮さんが、口を開いた。


「クリスマスツリー、作ります」

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