5. 杏風浪花節
舞台は5月の終わり。ポピーがそここに咲く、帳学園高校から駅までの小道を行く、三朝杏の脳内。
そこにはテーブルがあって、まわりをミニサイズの杏たちがとりかこんでいる。
『あども。議長の杏ラッキーです……。今回の議題はですね。議題は。はぁぁ。なんか言うのも憂鬱です』
『街夜先輩が、五宮さんととうとう校外デートをするってよ』
『あけっぴろげの杏さん、落ち込むからそうドストレートに言わないでください』
『そんなこと言ったってさぁしょうがないじゃん。五宮さんが言ってたのきいちゃったんだしね。彼女美人だし、クラスじゃ女王様的存在だし。どうせ先輩もまんざらでもないんでしょ』
『問題は、なんで二人のデートが決まって脳内の杏たちがなんかへこんでるのかってことだよね』
『さっすが杏ころもち。ころころ会議を前に運んでくね』
『じゃご期待に応えてついでにころころ話を運ぶとさ。なんかさぁ。思っちゃったんだよね。待夜先輩にとってあたしはほかの女の子とおんなじ。特別な存在なんかじゃないんだよなって』
『いや。ちょまってよ。杏ころ。そもそもそんなの当たり前じゃない?』
『はい。彼だって明言してますし。捕食のために恋心を芽生えさす、と。どこかで……期待していたんでしょうかね。彼の人との接し方の中にはなにかこう、期待をふつふつとわき起こすようなふしぎな、魔力的なものがあります』
『そもそも妖怪だしね。魔力使えるしね』
『いえいえ、この議長杏ラッキーが分析するのは、そういうガチなマジカルパワーではなく。彼といると無意識に身体に浸透するのですよ。大切にされているような。ひいては、自分が大切な存在であるかのような感覚』
『だねぇ。その感覚のせいで、同じように五宮さんにも接せられてだいぶ、ショックだったと』
『そうなんです! さすがは杏ころさん!!』
『結論、出たね』
『『『断じて、彼になにか、特別な感情持ってるとかじゃないですからー!』』』
脳内の杏たちが一斉に叫んだとたん、肉体を持ったリアル杏が、どんっと何者かにぶつかった。いたい。
でもひとまず、ぶつかった人に謝らねば。
「ご、ごめんなさい!」
すぐ傍らに、かわいい南国カラーの花のキルトを飾ったバッグが落ちている。
拾って、ぶつかった人に渡そうとしたとき、その繊細なデザインに見覚えがあることに気づく。
あ。
「五宮、さん」
なんて最悪のタイミング。
数日前険悪ムードになったばかりだというのに。
ばっと五宮さんはあたしからバッグをもぎとった。
「ごめん、急いでるから」
すれ違う刹那、かすかな違和感に目をしばたたく。
バッグを抱えなおすネイルの入ったその指が……震えている?
「待ちなよ、華恋」
五宮さんがゆっくりと、振り向く。
金髪を巻いたり、濃いめの茶髪を束ねたりしているメイクが濃い女子、三人が立っていた。
華恋、と五宮さんのファーストネームを呼んだのは、この人たち。
帳高じゃ見ない顔だ。
「今さらあたしたちと縁切ろうっての?」
「いるところがなくて退屈だからって言ってたから仲間に入れてやったのに」
「ほんと勝手だよな」
数歩後ずさり、五宮さんはぎりりと歯を噛んだ。
「あんたたちが、こんなことまでやってるとは思わなかったんだよ!」
え、なに。
わっつ・いず・こんなこと。
お茶会や女子会じゃないことは確かだろう。
五宮さんをかこむ三人からはやばめの雰囲気しかしない。
きっと、五宮さんは三人に向きなおった。
「校門前で待ち伏せするなんて。なめた真似しやがって!!」
おお。こっちはこっちですごい迫力。
街夜先輩の前の恋する乙女の姿は幻のようだ。
「うわ。こわー」
「ねぇ、意地はってないでさ」
「――やっぱり華恋もやりなよ、これ。いらいらしたときには落ち着くよ」
あたしは息を呑んだ。
三人目の派手な女子が取り出した。ガムのようなもの。
それって。
ピ――っと、脳内に警報が走った。
きっと五宮さんもそうだったんだろう。
「やめて。……近寄るなっ!」
なおも抵抗しようとする彼女に、リーダー各の女子がちっと舌打ちする。
「はぁ? あんたなんかさ、身ぎれいにしてるけど、しょせんは出来損ないの子だろ」
「華やかな芸能人カップルのあいだに生まれたにしては、顔だってそこまでじゃん? あ、だから化粧でごまかしてるんだ。」
いやな感じの嘲笑が蔓延する。
「進学校入ったけど落ちこぼれてさ。それでうちらのとこ来たんだろ」
「なのになに? まだサラブレッド気どりかよ」
「うっざ」
次々ぶつけられる中傷に、きゅっと唇を結ぶ五宮さん。
ぷつっと。
なにかが切れた音がしたのは、あたしの脳内からだった。
「……さっきからきいてりゃびーびーと」
きっと上げた口元から、通る声が出る。
「あっきれちゃうよう姉ちゃんがた!!」
その姉ちゃんがたこそあきれたように、そろってアイシャドウを施した目をすがめている。
「あなたたち、ほんとうに五宮さんの友達なんですかっ? あーゆーしゅあ?!」
「ちょっと。やめてよ、三朝」
五宮さんがあわてたようにそう言ってくるけど、一旦切った口火。そうかんたんに止まらない。
「立派なご両親の名に恥じないように努力して進学校に入っても。一番寂しいとき、甘える人がいなくて。そういうことをわかってあげるのが、友達ってもんじゃないんですかい、ぶるーすかいっ!」
「そのうえそんなものまで薦めるなんて。あなたたちは友達として失格だとね、どぅーゆーあんだすたんどねっ?」
派手系女子たちは、冷めきった目でこっちを見てくる。
無理もない。後半のほう、自分でもなにを言っているのかよくわからかった。
「やめて。……ふざけないでよ!!」
返事をしたのはまさかの。
……五宮さん?
彼女はあたしの肩をぐっとつかんで揺さぶる。
「勝手なことすんじゃないよ、三朝。あたしは寂しいなんて感じない。努力なんかしたことない!! わかったように言うな!!」
そう言って走り去る彼女。
ぽつんと、一人、路上に取り残される。
目の前の三人の目が、ぎらりと光った。
「あはは、かばっておいて拒否されてやんの。超うける」
「えらそうに意見したからにはさ」
「覚悟、できてんだよね?」
三人が、嘲笑いながら近づいてきて。
あ。まずいこれ。
ぐっと身構えて、目を閉じた――。
その次の瞬間、全身がふわっと、あたたかい空気に包まれた。
ゆっくりと目を開ける。
あれ?
ここ?
見慣れた住宅街。一階が定食屋の、見覚えのある一軒家。
ここ……うち?
どういうこと?
あたしは自分の家の前に、きつねにつままれたように立ち尽くしていた。
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