4. 女王様の本性
数日後の中休み。
あたしはクラスで千佳に頼まれて、英語の参考書でわからないという問題を教えていた。
「そっか、そういうことか! ありがと、杏」
「なんのなんの」
仮定法はちょっとややっこしくてつまずきやすいもんね、という我ながらちょっと玄人ぶったコメントまでしてみせる。
理系科目は苦手だけど、これでも英語は得意なんですよ。
意外ですか?
ふふん!
「そういえば千佳、カレシとどうなった?」
気になることも、千佳になら単刀直入にきける。
千佳はとなりのクラスの男子とつきあってるんだけど、このあいだささいなことがきっかけでけんかしたって、相談を受けていたんだよね。
「あ。あれね……」
千佳ははにかんだように笑った。
「カレがちょっとほかの女の子のこと、真面目でえらいねってほめただけで機嫌悪くして、あたしも悪かったなと思って」
ふーむ、千佳もお人よしだねぇ。
前回きいた話だと、そのうえ家庭的でかわいい。お前もそうだったらなとまで言われてむかっときたって言っていたのに。
「謝ろうとしたら、向こうがさきに謝ってきて。家庭的じゃなくたって……元気で努力家な千佳が好きだって」
あーあー。
両手でほっぺ抑え込んじゃって。
「心配してきいたらのろけられるとか。相談のり損だわー」
おどけて返すと、ごめんごめんと友人は謝ってくる。
「そんなことないって。杏がきいてくれて、気持ちが整理できたからこそ、あたしもすなおになれたんだから」
「はいはい。ようござんした」
「いつもありがとね、杏」
「なんだかなぁ~」
アメリカ人のように両手を広げてみせると、千佳はけたけた笑って、
「杏といっしょに来年も文系クラス進めるとか、もうめっちゃ心強い」
――ぴたりと、動きを止めてしまう。
そういえば、まだ千佳にも言ってないんだっけ。
文系に進みたいって言う当初の希望が変わったこと。
いずれは言うべきだけど。
いつもこんなふうに言ってくれちゃうもんだから、なんとなく言いそびれてるんだよね。
でも、いつまでも先延ばしにするのはよくないし。
今、言うか――。
思い切って口を開きかけた、そのとき。
「冥都先輩、あんがいまんざらでもなさそうだったし、いけるかも。次コクろっかな」
きこえてきたワードに、背筋が凍る気がした。
教室の反対側で、机に腰かけた五宮さんが品のない声を出している。
「あの人とつきあえれば、たいがいのやつは黙るでしょ。飽きたらのりかえればいいし」
「はーっ。華恋、きつーっ」
きゃははと、とりまきの子たちが笑う声。
「いいんだって。あの人だって、あたしとつきあえたらこの高校の不良たちまで手なずけられんだよ。それでまんざらでもなかったんだろうしさ」
ひやっと、冷たい吹雪が胸の中心をかけぬけた。
「え? ちょっと、杏――」
気がついたら。
千佳の席から遠ざかり、あたしは五宮さんたちの前まで来ていた。
「いっしょに、しないで」
身体は、震えていた。
なのにぞっとするほど低い声がでる。
「あ?」
きこえなかったというように顔をしかめ、五宮さんが言う。
「なに? 三朝」
先輩と話しているときより一オクターブくらい低い声で、わざとゆっくり、発音する。
文句でもあるわけ、と。
「五宮さんと、待夜先輩を一緒にしないで。先輩はそんな人じゃないから」
はぁーと、勢いよく息を吐き出して五宮さんが立ち上がる。
きっと瞳をつり上げると、美人顔なだけになおさら迫力が増す。
「あんたさ、冥都先輩のカノジョなの?」
「違う、けど」
ふん、と五宮さんがさっきより鋭い息を吐き出した。
「じゃ、なに口出してんだよ」
ちっと舌打ちするとさらに、迫力満点だ。
頭の中で冷静な声がする。
そのとおりだ。
なにを根拠に、あたしは口出しなんかしてるんだろう。
先輩だって栄養補給という、恋愛以外の目的があって、五宮さんに恋愛をしかけている。
状況だけ見れば、先輩の肩をもついわれはないはず。
でも確信があった。
先輩の人の扱い方は、五宮さんのそれとは違う――。
「人からすごいって思われるから、誰かとつきあったりするのって、違うと思っちゃったりなんかして……」
最後のほう、尻切れトンボになったけれど、なんとか言い切る。
「そうだよ」
悪びれもせず、五宮さんは認めた。
「あたしが冥都先輩を好きなのは、あの人がモテて人望があるから。それをあたしもほしいからだよ。ああいうなんでもできる人気ある系とつきあえば、男子だってたいていの奴はおそれなすから」
まつ毛にふちどられた大きな目を思いきり細めて、ぐっと顔をあたしに近づけて、五宮さんは言った。
「強いもんがこの世では生き残んだよ」
「――」
「わかったら、あんたもさっさとそのあかぬけない地味キャラ、やめたほうがいいよ」
捨てぜりふのようにそう言うと、五宮さんは踵を返す。
他のきらきら系女子たちの笑い声が跳ね返って来た。
「杏、だいじょうぶ?」
心配そうにかけよってくる千佳に頷く。
「気にすることないよ。五宮さんたちは、ああいう人たちだから」
ありがとうと頷きながら、頭の中はさっきの五宮さんの言葉がエンドロールしていた。
強いもんが、生き残る。
モテてかっこよくて人気のある異性とつきあうことが、ほんとうに強いってことなのか。
疑問が浮かんできてじっと、胸の上座に居座る。
あたしにはわからなかった。
ただどうしてか、五宮さんに忠告されたから、このあかぬけなキャラをやめようとは一滴も思わなかった。
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