第5話 母さんは関係ない

 実は例の井戸の近くには小さい貯水池がある。昔は目立つ場所にあったらしいが、観光客がゴミを捨てていくため、今の場所に移動させたらしい。


 フューリはその貯水池の底に、自分達の世界へ行くためのゲートがあるという。


「はあ!? 貯水池の底!? あんた、私の腕掴んだ時全然濡れてなかったじゃない!」


 真鈴はフューリの世界へ行くための準備をしていた。その間にフューリの世界のことを少しでも知っておこうと、彼を自分の部屋へ呼んだのだ。


「あんたの従兄弟、アイレストって言うんだが、そいつからお守りをもらっててな……」


 フューリは一番上に着ている服の内ポケットから小さな巾着袋を取り出した。片手に収まるほどのサイズだ。


 真鈴は、彼が巾着袋を差し出してくるので受け取ってみた。

 本当に中に中身があるのかと疑いたくなるほど軽かったが、触ってみると、石のような硬い物が入っているのがわかる。


「何が入ってるの?」


 手に触れる感触は角が何箇所もあり、歪だ。


「開けてみなよ」


「いいの?」


「ああ」


 フューリが頷くので、真鈴は巾着袋の中身を取り出した。

 真っ赤な色の歪な形をした宝石だった。ルビーやガーネットを思わせる色だが、ただの宝石ではないことは明らかだった。


 その宝石の中では何かが滞留していた。金色の小さな粒が光を反射している。しかもその粒は一つではない。何十個とある金色の粒が宝石の中を泳いでいた。


「何これ……! すごく綺麗な宝石ね。金色の粒が見えるわ」


 真鈴は部屋の明かりに宝石を照らしてみた。キラキラと光が反射してとても幻想的だ。ずっと眺めていられる。


「へえ、金色の粒が見えるのか。意外と才能があるんだな」


 フューリが驚いたように呟いた。


「どういうこと?」


「後で話してやるよ。それより準備しなくていいのか?」


 フューリに指摘されて、真鈴は慌てて巾着袋を返した。


「そうだった。ちゃんと準備しないと母さんに何言われるかわかったもんじゃないわ!」


 真鈴の言葉に憎しみが混ざっていたことに気づいたのか、フューリは声の調子を落として話しかけてきた。


「……なあ、お母さんのこと、許してやってくれないか?」


 フューリの言葉に真鈴は準備していた手を止めた。


「……何でよ?」


 彼のほうを振り向かずに訊き返す。


「その……お母さんだって嘘をつきたくてついたわけじゃないと思うんだ」


「…………」


 真鈴は無言でフューリの言葉を背中越しに聞いた。


「現にあんたは友達思いの優しい性格じゃないか。お母さんが愛情持って育ててくれたってことじゃないのか?」


 真鈴はフューリの言葉に一瞬で怒りが頂点に達したのを自覚した。


「知ったふうな口きかないでくれる!? 由里は私の力を受け入れてくれたたった一人の友達なの! 大事にするのは当たり前でしょ!?」


 真鈴はフューリを睨みつけた。

 ぽっと出の人間に何がわかるというのだ。


「その由里を助けてくれたんだから、あんたの力になるのは当然なの! 母さんは関係ない!」


 真鈴は怒鳴るように叫ぶ。母が育ててくれたから今の真鈴がある? そんなことあるものか。


「母さんが私を愛情持って育ててくれてたって言うんなら、何で私にとって拷問に近い料理なんかさせるのよ!?」


 真鈴は肩で息をする。

 正直、母のことは嫌いではない。子供の頃はよく熱を出していて、その度に看病してくれた。アイスが食べたいという我儘も嫌な顔一つせずに聞き入れてくれた。


 だからこそであろう。そのストレスが積もりに積もって、ということは充分にありえるはずだ。


「…………」


 フューリは何も答えなかった。何と返すべきか悩んでいるふうだった。

 真鈴はフューリに背中を向けた。


「答えないんなら出てってくれる?」


 真鈴は準備を再開しながら言った。自分から呼び出しておいてこの言い方はさすがにどうかと思ったが、今の真鈴にそこまで気を配る余裕はなかった。


「……悪かったな」


 フューリは一言だけ呟き、静かに部屋を出て行った。その一言に真鈴を責める響きはなかった。

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