第4話 理由

 何かが突き刺さったような音がしたのは、真鈴達が目を閉じた直後だった。

 真鈴が目を開けると、化け物の頭を長い棒が貫通していた。棍のようだった。


「ひっ……!」


 真鈴は息を詰めた。

 貫通していると言っても、棍が直撃した衝撃で化け物の頭は半分破壊されており、滝のように血が溢れていた。

 良く見ると自分達も血塗れだ。恐らく化け物の返り血だろう。


 人の形をしてはいるが、全身緑色で明らかに人間ではないとわかるのに、血の色は人間と同じ赤色である。真鈴はそれがとても不気味に思えた。


 化け物が気持ちの悪い音を立てて地面に倒れた。そこで真鈴は自分達が例の井戸の側に来ていたことを知った。


「大丈夫か!?」


 遠くで声が聞こえた。フューリだ。どうやら助けてくれたようだ。


「……フューリ? 何でここが……?」


「何で、って……すごい叫び声が聞こえたから……。ってそれより大丈夫か?」


 フューリは真鈴の側にしゃがみ込んで訊いてきた。目線を合わせてくれたのだろうか。


「え、ええ……私は何とか……。……そうだ! 由里!? 由里は大丈夫!?」


 真鈴はハッとして由里の顔を覗き込んだ。ところが、由里は体を丸めて俯いていて表情がわからなかった。


「由里!? 由里ってば!」


 真鈴は由里の体を揺さぶるが、反応がない。


「落ち着けって。気絶してるだけだ」


「え……?」


 フューリに言われて真鈴は気づいた。

 首を絞められ、殺されそうになれば正気でいられるはずがない。由里は、人間ではない得体の知れない化け物に殺される恐怖で気絶したのだ。


「はあ……良かった……。死んだかと思ったわよ……」


 真鈴は自分の手が震えていることに気づいた。


 今更恐怖を自覚するなんて。由里が殺されてしまうと思ったら、頭が真っ白になって何も考えられなくなった。助けなければ、としか考えなかった。自分が死んでしまうかもしれないとは思わなかった。

 だが、フューリが来なければ真鈴も由里も死んでいた。その恐怖を今更ながら自覚したのだ。


「……立てるか?」


 フューリが由里を背負ってから声をかけてきた。


「だ、大丈夫よ……」


 真鈴は震える両足に力を入れて立ち上がった。手だけではなく、足も震えていたようだ。


「一旦あんたの家に戻ろう」


「ええ……」


 フューリの提案に真鈴は頷く。

 真鈴はフューリの後ろを歩きながら、背後を振り返った。


 完全に絶命している化け物が倒れている。どういうわけか全身が皺々になり、枯れた枝のようになっていた。


「…………!?」


「あれな、オレらの世界でも最近現れるようになって、死ぬとあんなふうに干からびていくんだ」


 真鈴の気配に気づいたのか、フューリがこちらを見ずに答えてきた。


「……そう、なんだ……」


 真鈴は相槌を打つことが精一杯だった。

 フューリの世界でも最近現れるようになったということは、今まで見たことのない化け物だったということではないか。


「…………」


 真鈴はフューリを見つめた。

 彼は、怖くないのだろうか。


     ★  ★  ★


 太陽が西に沈みかけた時、由里は気がついた。由里は開口一番こう言った。


『真鈴、私のことは気にしなくていいよ』


 と。最初は何のことを言っているのかわからなかったが、すぐにわかった。


 由里は、真鈴の本心に気付いたのだ。

 すなわち、フューリの世界を助けたい、と。


 真鈴にとって、由里は大切な親友だ。由里を助けるためならどんなことだろうとやってみせる。


 フューリは真鈴と由里の両方を助けたつもりのようだが、真鈴にとってはそうではない。

 自分の命よりも大切な由里を助けてくれた。それなら、今度は真鈴がフューリの助けになる番だ。


 由里を助けてくれたなら、自分はフューリのために何だってやってみせる。

 そんな真鈴の胸の内を由里は一瞬で見抜いた。

 何でわかったのかと訊いたら、


『私も真鈴と同じだから』


 と小さく笑いながら言われた。

 どういう意味なのか全くわからなかった。由里は真鈴の不思議な力を理解し受け入れてくれたけど、真鈴は由里に特別何かをした覚えはない。

 由里を問いただしても教えてくれなかった。


『フューリ君を助けてあげたらわかるかもね』


 とクスクス笑うばかりだ。

 こうなったら意地でも答えを見つけてやる。


 真鈴はフューリに手を貸すことを伝えた。両の眉を逆八の字にしながら。

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