第3話 いるはずのない従兄弟

 フューリは姿勢を正して話し始めた。


「ああ……。オレはフューリ。こことは別の世界から来た。単刀直入に言うと、オレ達の世界を救うために力を貸してほしいんだ」


 フューリは真面目な顔で続けた。


「オレ達の世界では、ある時から雨が止まなくなった。半年くらい前だ」


「半年!? 半年も雨が降り続いてるっていうの!?」


 真鈴は思わず大きな声を上げた。


「ああ。オレが住んでる国では、学者達がかつて大昔にも今と同じように雨が止まなくなったことがあったと突き止めたんだ」


「と、いうことは原因はわかっているの?」


 口を挟んだのは由里だ。


「いや、わかってない。だが、資料には『紅蓮の花嫁が解決した』と書いてあった」


 フューリは真鈴を見据えて答えた。黒ずんだ緑色の瞳が真っ直ぐに真鈴を捉える。話の内容は全く意味がわからないが、真鈴はその宝石のような瞳に圧倒されて、思わず唾を飲み込んだ。


「紅蓮の花嫁って……?」


 真鈴はフューリから目を逸らさずに訊いた。


「悪いけど、詳しいことは本当にわからないんだ。紅蓮の花嫁についての資料がほとんどないらしいから。ただ、水に濡れない、もしくは濡れてもすぐ乾く不思議な体質であることは確かなんだ。あんた、その力を持ってるよな?」


 フューリも目を逸らさない。それは本気で力を貸してほしいからだろう。

 真鈴は静かに口を開いた。


「……確かにあんたの言う通りよ」


「やっぱり……!」


「でも! 今日初対面のあんたが何でそのことを知ってるのよ!」


 真鈴は警戒心剥き出しでフューリを睨んだ。

 腕を掴まれた直前の会話を聞いていたとしても、こんな非常識なことを推測できるはずがない。


「…………」


 真鈴の問いにフューリは考え込む素振りを見せた。

 数秒の沈黙の後、フューリはとんでもないことを言い出した。


「お前はアイツに似てるんだよ。お前の従兄弟に……」


「……え……?」


 真鈴は目を見開いた。

 今、何と言った。従兄弟? ありえない。自分に従兄弟がいるはずがない。

 理羅も亡くなった父も一人っ子だったはずだ。少なくとも、真鈴は母からそう聞いている。


「ちょ、ちょっと待って! 真鈴の両親って一人っ子じゃなかったっけ!?」


 由里がフューリと理羅を交互に見る。


「……どういうこと? アイツが言ってるのは本当なの?」


 真鈴は低めの声で母に問いかけた。だが、母は黙って目を伏せた。肯定だ。


「最低!」


 真鈴は理羅を怒鳴りつけ、家を飛び出した。フューリと由里の声が聞こえた気がしたが、構う余裕はなかった。


 母に嘘をつかれていた。真鈴が嘘をついた時は鬼のように怒ったくせに。


 恐らく、真鈴は理羅の実の娘ではない。仮に理羅や父に兄弟がいたことを黙っていたとしても、村の者達に聞けばわかってしまう。理羅や父が一人っ子というのは真実なのだろう。


 と、いうことは真鈴は理羅の実子ではない。フューリの言葉を理羅が否定しなかったのだから、真鈴には本当に従兄弟がいるのだ。フューリの世界に。


 真鈴は日本で、この村で産まれたわけではなかったのだ。


「信じらんない……」


 自然と涙が出てきた。

 実の娘ではないから無意味な料理をさせるのだ。真鈴が村の者達から何と思われているか知っている癖に何もしない。何度も相談したのに「耐えるしかない」としか言わない。

 実の娘ではないからだ。真鈴のことなど何とも思っていないのだ。


「真鈴!」


 由里の声が背後から聞こえた。だが真鈴は母のことで頭が一杯で振り向くことができなかった。


「伏せて!」


「っ……!?」


 由里の悲鳴のような叫び声が聞こえたと同時に、真鈴は前方へ倒れ込んだ。由里に突き飛ばされたのだ。


「何すんのよ!」


 真鈴が後ろを振り向くと緑色の塊が由里に覆いかぶさっていた。


「な、何……!?」


「真鈴、逃げて! っ……うぅ……!」


「由里!?」


 良く見ると、緑色の塊は人の形をしていた。髪も肌も緑色で、手足には水掻きがある。その両手が由里の首を絞めていた。

 由里は必死に緑の人間の両手を解こうとするが、びくともしない。


「由里! 待ってて、今……!」


「ダメ! 逃げて!」


 由里は真鈴の言葉を遮って叫ぶ。


「そんなことできるわけないでしょ!」


 真鈴は即答し、涙を拭って立ち上がった。由里は自分を理解してくれる数少ない友達だ。見捨てて逃げることなどできるはずがない。友達を見捨てるくらいなら、死んだほうがマシだ。


「離れなさいよ! このカッパ!」


 真鈴は叫びながら緑の人間を蹴り飛ばした。別に頭にお皿を乗せているわけではないのだが、緑色だったので何となくそう見えた。


「ぐっ……ぐあああぁぁ!」


 カッパのような化け物は蹴られた脇腹を押さえながらのたうち回った。脇腹からは白い煙が上がっている。湯気のようにも見えた。

 真鈴はこの隙に由里の側に駆け寄った。


「由里、大丈夫!?」


「ゲホッ、ゲホッ……、あ、ありがとう……」


 由里は体を起こして咳き込んだ。


「早く逃げるわよ!」


「ま、真鈴……!」


 真鈴が由里の腕を引っ張るが、由里はその場を動かず、恐怖に満ちた声で真鈴を呼んだ。彼女の目はある一点に向けられている。


「ぐわああああ!」


 そこでは蹴り飛ばされたことに逆上したらしいカッパのような化け物が雄叫びを上げていた。

 化け物は今度こそ真鈴達を殺そうと走って来る。

 はっきりと正面から化け物を見たが、顔は焼け爛れたようになっていて目や鼻の位置は正確にわからなかった。ただ口だけが異様に大きく開けられていた。


「ぐぅわああああ!」


「きゃあああああああ!」


 化け物の叫び声に真鈴と由里の悲鳴が重なる。

 真鈴と由里は互いに抱きしめ合い目を閉じた。

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