第2話 厳しい罰
由里が青年を真鈴の家に連れて行くと言って聞かないので、真鈴は渋々彼を家へ連れて行った。
できれば母に会わせたくなかった。父は自分が産まれる前に死んだと聞いていた。母は真鈴を淑やかな女性に育てたいのか、口調や態度に厳しかったのだ。男性を殴り飛ばして気絶させたことを知ったら、それはもう厳しい罰が来るに違いない。
「…………」
案の定、母は怒ってはいたが、真鈴が想像していた程ではなかった。気絶した青年を見ると僅かに目を見張ったようだが、すぐに元に戻り、小さく溜め息をついたようだった。
良かった。これなら厳しい罰は来なさそうだ。
真鈴は由里と共に青年をリビングのソファに寝かせながら内心ほっとした。
「……と思ったら大間違いよ」
「へぁっ!?」
唐突に響いた母の声に真鈴は危うく青年を落としそうになった。真鈴が抱えているのは頭側だ。
青年をソファに寝かせてから母のほうを振り向くと、母、宝条理羅は穏やかな笑顔でリビングの入り口に立っていた。背後に般若の幻覚が見える。
「お母さんはあれほど手を上げるのはやめなさい、と言っているのに……。あなたは一体いつになったら治るのかしらね」
理羅の口調はいたって穏やかだ。だが顔はそうではない。
「だ、だって……いきなり腕掴まれて連れて行かれそうになったら誰だって……!」
「確かにそうね。あなたは女の子だし……。でも手を上げずに収めることもできたでしょう? 例えば大声を上げるとか……。あの井戸の近くにはニ、三件家があったはずよ」
「うぅ……」
真鈴は理羅のあまりの迫力に言葉が出ない。
確かに母の言う通りである。畑ばかりの場所ではあったが、近くには民家があったはずだ。大声を上げれば気づいてくれただろう。家に誰もいなくても、今は夏だ。畑仕事をしている人がいたかもしれない。
「で、でも誰もいないかもしれないし、畑仕事をしてる人が気づく保証はないじゃない!」
そうだ、その通りだ。だったら確実に助かる方法を取るしかない。
すなわち、殴る。
「言い訳無用」
理羅の声が低くなる。
「ひっ……!」
真鈴は息をつめた。
こうなってはもう駄目だ。何をやっても、何を言っても理羅の意見を覆すことはできない。厳しい罰が、来る。
「罰として今から夕飯の準備をしていらっしゃい」
「……わかったわよ」
真鈴は素直にリビングを出て行く。これだけはやりたくなかった。ご飯の準備だけは。
真鈴は料理が大の苦手だった。掃除や裁縫はどうということはないのだが、料理だけは嫌だった。とにかく嫌い、大嫌いだ。
何故なら、どれだけレシピ通りに作っても同じようにならないのだ。味噌汁は濃くなりすぎる。あんかけは適量の水で片栗粉を溶いてもとろみがつかない。果てはカレーを作るとルゥの量が減る。
恐らく真鈴が持つ濡れてもすぐに乾く不思議な力のせいだと思う。どれも水分が減っているのだ。
理羅はそれを知っていて真鈴に料理をさせている。真鈴は腹立たしくてたまらなかった。こんなこと、真鈴には何の利益もない。母が楽したいだけに決まっている。
一通り夕食の準備を終わらせた後、青年が気がついたと由里が知らせに来た。
真鈴がリビングに戻ると、青年はソファに座っていた。
「……あ、さっきは悪かったな。いきなり腕掴んだりして……」
青年は開口一番に謝ってきた。真鈴は面食らった顔をした。周りのことを考えない自己中心的な男だと思ったのに。
「べ、別にもういいわよ。私も……殴っちゃったし……」
真鈴はぼそぼそと答える。母が「ごめんなさいは?」と表情だけで圧をかけてくるが、謝るつもりはない。向こうが悪いのだ。
「ごめんなさいは?」
ところが由里が言ってきた。
「何でよ、悪いのは向こうじゃない!」
「だからさっきも言ったでしょ! やりすぎなのよ! 当たりどころが悪かったらどうするのよ! 頭蓋骨骨折で入院よ!」
「うぅ……」
真鈴は反論できない。
「ま、まあまあオレは何ともなかったし……」
「ちょっと黙ってて!」
「……はい」
青年が仲裁に入ろうとするが、由里に一蹴されてしまう。どうやら由里の意見を覆すことも無理そうだ。
真鈴は青年へ向き直り、渋々謝罪した。
「わ、私も……殴っちゃって、ごめんなさい……」
「あ、ああ……」
青年は短く返事をした。かなり驚いているようだ。
「乱暴な娘でごめんなさいね。じゃあ改めてあなたの事情を聞かせてくれるかしら?」
理羅が青年に話をするよう促した。
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