紅蓮の花嫁

ゆきんこ

第一部

第1話 平和だけど退屈な毎日

 学校から程近い商店街に見慣れない出店があった。客と店員の話を聞いていると、どうやら都心部から来たようだ。

 売っている物はあられや煎餅など日保ちするような物ばかり。どうせなら甘いお菓子を持ってきてくれればいいものを。

 真鈴は出店を眺めながらそんなことを思った。


「出店、見てくの?」


 隣を歩く友達が声をかけてきた。真鈴がずっと出店を眺めているので気になったのだろう。


「ううん、いい。煎餅とかあんまり好きじゃないし……」


 真鈴は首を左右に振って答えた。


 現在下校中。この商店街は通学路の途中にあるので、真鈴は帰りによく立ち寄るのだ。

 だからといってお気に入りの店があるわけではない。都心部から数十キロは離れた田舎の商店街は昔から変わり映えしない店が並んでいた。


 真鈴はこの田舎独特の雰囲気は嫌いではなかったが、少々つまらなくはあった。


「どうせ出店が来るなら、お菓子とか売ってくれればいいのにな〜って思っただけ」


「まあ確かに、売ってるのは大体おじいちゃんおばあちゃんが好きそうな物ばっかりだしね〜」


 友達は苦笑しながら答えた。


「まったくだわ。……はあ、帰りましょ、由里」


 真鈴は大きく溜め息をついた。

 何の変哲もない毎日は平和な証ではあったが、真鈴とて年頃の高校生だ。僅かばかり刺激が欲しいと思っていた。


 商店街を抜けて周囲に畑しかない道を歩いて十分程。村に古くから残っている井戸の側まで来た。とっくに井戸は枯れているのだが、昔から残っているものだから、と撤去せずに残してあるらしい。

 ふと井戸のほうを見ると、村の大人達が集まっていた。何やら騒がしい。


「何かあったの?」


 真鈴は気になって声をかけた。何人かの大人がこちらを振り返った。


「ああ、理羅さんとこの……。実は……」


「な、何でもないわ! 何でもないから早く家に帰りなさい!」


 一番手前にいた男性が事情を話そうとすると、側にいた女性が突然遮ってきた。


「…………」


 真鈴はそれだけで興味が失せた。由里に「行くわよ」と声をかけてさっさと歩き出す。

 村の大人達の大半は真鈴のことを気味悪がっている。


 真鈴には生まれつき不思議な力があった。それは水に濡れないということ。正確には濡れてもすぐに乾いてしまうということだ。

 土砂降りの雨でも濡れた側から乾いて蒸発していくので、白い煙が出ているように見える。極端な話、お風呂に長時間入っていると湯が蒸発して無くなってしまう。


 真鈴のこの力を怖がらずに受け入れてくれたのは友達の由里と母親と都心部で暮らす兄だけだ。


「あの子に関わっちゃいけないって言ったじゃない!」


「ご、ごめん……」


 男性と女性のやり取りが聞こえてくる。真鈴は無視して歩き続けた。


「……大丈夫?」


「平気よ、今更だもの……」


 由里が心配そうに声をかけてきた。

 真鈴はわざとらしく肩をすくめた。別にあの程度どうということはない。自分には由里がいる。母も兄もいる。この力をわかってくれる人がいるならそれでいい。わかろうとしない人にわかってもらおうとは思わない。


「ちょっと待ってくれ!」


「っ……!?」


 突然誰かに腕を掴まれた。由里ではない。由里は右隣にいる。掴まれたのは左腕だ。


 振り向くと見たことのない青年がいた。見たことのない顔。見たことのない服装。見たことのない髪色。灰色、いや銀色だろうか。前髪の間から見える瞳は黒ずんだ緑色だ。どこの国の人だろう。


「やっと見つけた! ちょっと一緒に来てくれ!」


 青年は真鈴の腕を掴んでどこかへ連れて行こうとする。真鈴はハッとした。


「いきなり何すんのよ!」


 真鈴は怒鳴るように叫び、持っていた高校の指定鞄で青年の顔を殴り飛ばした。鈍い音がして青年が吹っ飛んでいった。

 教科書を学校に置いて帰らない真鈴の鞄はさぞ重かったのか、青年は地面に倒れたまま動かない。


「はあ!? ちょ、ちょっと……! まさかこれくらいで失神とかないわよね!?」


「これくらいって何キロあると思ってるのよ! 教科書の他に大学入試の過去問集二冊くらい入ってたでしょ、その鞄!」


 由里は真鈴を叱り飛ばし、青年へ駆け寄っていく。


「私は悪くないわよ! いきなり腕掴んでどこか連れて行こうとするほうが悪いわよ!」


 真鈴は反論する。

 そうだ。自分は悪くない。目の前の青年が悪人ではない保証などないのだ。警戒するのは当然である。


「だからってやりすぎよ! 痣になっちゃってるじゃない! 真鈴の家に連れて行くわよ!」


「何でよ!? そこの大人達に任せておけばいいじゃない!」


「いいから連れて行きなさい!」


 真鈴はとにかく嫌だと言ったが、由里は聞いてくれなかった。やりすぎだと言う。

 そんなことはない。向こうが悪い。過剰防衛ではない、はずだ。

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