一、再び
うぐいすの鳴く声がする。
ホーホケキョ。
人間は言う。
うぐいすの鳴き声には種類があって、それによって使い分けている、と。
しかし私は、ただ下手な奴と上手い奴がいるってだけなんだと思っている。
うぐいすも最初から上手く鳴ける訳ではない。
ホーホケキョケキョケキョと、やたら、ケキョケキョを繰り返す奴も居れば、ホケキョ?と疑問系の下手くそな奴も居る。
今鳴くうぐいすは練習を重ね、技を会得したらしい。
美しい囀りを響かせている。
何にせよ、この街に来て、うぐいすが鳴いたのを聞くのは初めてだ。
―朝になったんだな。
日が昇り始めた時間特有の、青白い光。
朝にこんなにがっかりする自分も珍しいが、今日に限っては、なんとなくだるい目覚めだった。
問題は何ひとつ解決していないのだ。
そして、この気がかりな謎が、自分の中で自分なりに消化されて、以前の様な平穏な生活が戻ってくるとも到底思えなかった。
―雨は止んだらしいが、目を開ける事すら億劫だ。
猫の癖に、寝不足が祟っている。
そのお陰で、どうも毛艶もあまり良くない。
毛繕いをする暇も余裕もない。世界中にこんな猫が居るだろうか。
まぁ、居るかも知れない。
猫は人間の知らない所で、沢山苦労しているのだ。
繊細な生き物なのだから。
とまぁ、こんなことを考えていた時。
ガラララララ
つい先日、聞いたばかりの音に、寝不足云々も吹っ飛んで、身体ごとがばっと起き上がった。
―この音は!
窓から見える景色に目をやり、私は真っ先にケイの元へ駆け寄った。
「起きろ!ケイ!」
「・・・ん?え?え!!」
ソファに横になっているケイは、一瞬不機嫌そうに眉間に皺を寄せたが、直ぐに私と同じ様にがばっと跳ね起きた。
「N.n・・・話せるのか?」
ケイも私と同じく、あまりよく眠れなかったようで、目の下に隈が出来ている。
しかし、その顔は昨日のように暗くはなく、逆に明るい位に晴れていた。
それも、私と同じだ。
「話せる。そして、商店街もこないだのように賑わっている。どうやら切り替ったらしいな。」
ソファに座りなおしたケイの脇に、私も飛び乗って、なんだか、気分が高揚していることに気付いたが、気付かないフリをすることにした。
猫はプライドの高い生き物なのだ。
「やっぱり夢じゃなかったのか。でもどうして、ゼンマイを巻いた時にはならなかったのに、今になって変わったんだろう。」
「色々不思議なことはあるが、それはさておきケイ。」
とりあえず、一番に伝えたかったことを言わねば。
私は考え込もうとするケイに待ったをかけた。
「どうしても伝えたいことがあったんだ。ケイは体育館に行った時、ママさんバレーの一人に『迷ったんだね』と言われたと言っていなかったか?」
ケイは最初、きょとんとした顔をしていたが、直ぐにああ、と思い当たったように頷いた。
ケイのその動きと一緒にソファも揺れて、私も意思に反して揺れる。
「あの意味、わかんなかったんだよね。俺はもうママさんバレーに入れられちゃう感じだったのにさ。で、その人がそう言ったら、周囲が『ダメよ、そんなこと言ったら』とか言うの。」
そこまで言うと、ケイは肩を竦ませた。
「だから、聞き流しとくのが正解かなと思って、黙ってたけど、それが何かあんの?」
私は、うんと頷いて見せた。
「私の読みが当たっていればの話だが―孝の小学校は、小中高の一貫校だったよな?」
「そうだよ、だから校舎がいっぱいあった。」
「そう、校舎が沢山あった。じゃ、こうも考えられないか。体育館も複数ある、と。」
室内には明るい陽射しが届き始め、先程よりも遠くへ行ったのか、うぐいすが、歌声を披露しているのが小さく聞こえる。
「・・・・確かに、そうも考えられる。だとしたら、N.n・・」
ケイの言葉を私は引き継ぐ。
「そう、だとすれば、だ。ケイは、体育館を間違えたんじゃないだろうか。『迷った』という言葉の意味は、それじゃないだろうか。」
孝の学校は、分かりづらい建物だった。
校門だけでも六ヵ所あって、敷地が広い為に、全てを把握するのには半年、いや一年はかかるだろう。
私達はとりあえず小学校、つまり初等部の校舎に近い門から入って、そこから見えた体育館を目指して、向かっていったのだ。
それが、間違っていたのだとしたら。
孝は嘘を吐いていない。
「もう一度、見に行ってみるか。」
そうかもしれない、とケイが頷いてから、提案したので、私もそれがいいだろうと同意した。
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