一、人嫌いの探偵
私の予想を上回って、ケイが居候するようになってから、一週間が過ぎた。
それで分かった事だが、ケイは極度の人間嫌いである。
動物にはそれなりに心優しき青年だが、人間相手となると、豹変する。
例えば、ケイがやってきた日の午後のことだ。退屈している商店街の人々は、当たり前の如くこの新参者に飛びついた。
かといって、声を掛ける勇気も持ち合わせていない彼等は、ケイに見つからないように建物の陰や電信柱の後ろ等から、ちらちらと様子を窺っていた。
外出先から帰って来た私は、その事に気付いていたが、掃除に掛かりきりだったケイは全く気付いていなかった。
リュックサックひとつ、身一つでここに来たケイは、片付ける物も取り出すものも特に無く、一通りこの家の掃除を終えると、今度は貼り紙を一階のショーウィンドウに付けに行こうとしたようだった。
ちらり、見た所によれば―
【探偵、始めました。なんでもやります、ご自由にどうぞ。】
という風な内容だったと記憶している。
物陰に隠れている人々は、この紙を見て、一体どんな反応を示すのだろう、と興味をそそられた私は、開かれた窓の際から、その様子を観察することにした。
「ここでいいかな。」
ケイはそう一人言ちて、両面テープを剥がし、通りに面しているショーウィンドウの外側に例のものを貼り付ける。
私からしてみれば、どうして内側から付けないのだろう、と疑問に思った。何(いず)れ雨風に吹かれ劣化していってしまうに違いない。
長く持たせる為には、絶対に内側なのに、と。
そうして、それは、商店街の長達も、同じ意見だったようで。
「越してきたのかね、お若いの。」
「ひっ」
隣の自販機の陰に隠れていた方の、禄三郎という元豆腐屋が、思い切って声を掛けた。
ここに居るのは自分だけ、と思い込んでいたケイは、文字通り、飛び上がる程驚いた。
「・・見た所、ここで何か商売を始めるようだが―その紙は、そこ、それ、その・・店の中から貼り付けたら、どうかね。」
親切でお節介焼きの、気の良い老人は、にこにことケイを見つめ、さぁ、これをきっかけに色々情報を取り出そうと意気込んでいるに違いなかった、のに。
「うっせぇ、じじぃ!」
ケイは、青年らしからぬ言葉を発して、貼りかけていた紙を剥ぎ取ると、あっという間に中に引っ込んでしまった。
とまぁ、こんな具合に、話にならない。
その後も町内会の人間が挨拶に来ても追い返すし、最終的には居留守を使う始末。
可哀想に、久しぶりに好奇心を持った老人達は、皆腰を曲げて帰って行ってしまった。
向いてない。
お世辞にも、探偵に向いているとは言えない。
いや、絶対に向いていない。
猫アレルギーを押してまで、何故ケイが私に相棒になって欲しいと言ったのか、その理由が十分すぎる程理解できてきたこの頃である。
「お前は探偵に向いていない。そもそも接客というもの自体が向いていないのだよ。その癖若い。悪いことは言わない、こんな忘れ去られたような土地からは出て行った方が未来は明るいだろう。」
そう、声を大にして伝えたい。
しかし残念ながら、私は人間の言葉を理解できても、使うことは出来ないのだ。
その上、高等動物とされているこの人間達は、私達の言葉を理解しようとはしないし、出来ない。
よって、さっさと廃業した方が身の為だと忠告してやれない。
さて、どうしたものだろう?
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