ゼンマイ仕掛けのディティクティーフ
@lahai_roi
prologue
大都会の片隅に、寂れた商店街がある。
店の殆どは、昼間からシャッターを閉めていて、人通りは無いに等しい。
唯一賑やかになるのは、錆だらけのパイプ椅子が円形に並べて在る場所で、近所の年寄り達が集まって、井戸端会議をする時位である。
言うまでもなく、こんな場所を好んでやってくる若いのは居らず、一年中代わり映えのしない、静かな生活は、私にとって好ましく、心地良かった。
そんな理由(ワケ)で、私はちょうど三年前から、ここに居ついている。
住処は、煉瓦造りのしっかりとした建物の二階部分で、以前はここの一、二階で時計屋を営んでいたらしい。
と、いうのも、作り付けで取り外せなかったであろう大きな古時計が、その針を止めたまま、未だに店の顔として立っているからだ。
外壁にも、金メッキ塗装の剥がれかかった文字で、【比野時計店】と書かれている。
窓からの日当たりは、午前中は良好。午後は陰になってめっきり暗くなってしまうのが、唯一不満な所だ。
だから私は朝になると、いの一番に窓際に寄って、日光浴するのを日課としている。そのまま、うとうととするのが非常に心地良い。
面倒なご近所付き合いもなく、まさに安住の地と言えよう。
季節は寒い冬を乗り越え、もうすぐ春になる頃。
ぽかぽかと暖かさを増した陽射しが、冷え切った身体に有難い。
いつものように、窓際でうとうとしながら。
さて、陽だまりの消える午後、何処へ行こうか、と考えを巡らしていたその時ー
ガチャン、ドタ、バタン
静寂を突き破る音が、真下で聞こえ、私は驚きで飛び上がった。
ここに住むようになってからというもの、自分以外の物音がしたことなんて、虫やネズミ以外であっただろうか?
いや、無い。
しかも、物音の主は、自分よりも大きい者で、どうやら階段を上ってこちらに向かってきているようだ。
だだっ広いこの部屋に、隠れる場所など存在しない。
私は窓枠に固く身を寄せたまま、息を殺して、『自分以外の誰か』が現れるのを待った。
ギシギシ、という踏み音に、時折くしゃみが混じる。
埃だらけのこの家に、アレルギー反応を起こしているらしい。
それとも、私に、だろうか。
数秒後。
開きっぱなしのドアから顔を出したのは、少年を脱したばかりの青年、だった。もとい、実際どうかは分からないが、その位に見えた。
赤茶けた長めの髪に、カーキのミリタリーコートを羽織った青年は、ゆっくりと部屋の中を見回し、私を見つけると、にこりと笑って。
「お、お前がここの主だな。」
と、言った。
初対面で、何て失礼な輩だろう。
仮にも、年上である私を、『お前』呼ばわりしようとは。
「名前は?」
近付いてくる青年に、これ以上後ずさり出来ないと分かりつつも、背中を出来るだけ窓にくっつけ、私は「誰が、教えてやるか」と怒ってやった。先ずはそちらから先に名乗るのが筋と言うものであろう。
「ごめんごめん。そんなに怒らなくても、何もしないから。」
言いながらも青年は、私との距離をついに50㎝まで縮めた。
「俺は今日からここに住む事になったKだ。仲良くしてよ。」
ー何!?
驚愕の事実に、私は言葉を失った。
ここに?住む?今日から?誰が?こいつが?私の家に?しかも名前はケーだと?いや、ケイか???
「先ずは掃除から始めるか。としたら、そこの窓を開けたいから、お前、どいてくれる?」
愕然とする私に気付く様子のない青年はーいやケイは、悪びれもせずに私を追いやろうとする。
絶対にどいてやるものか。
「ほら、抵抗しない、N.n(エヌエヌ)」
抵抗は失敗に終わり、私は変な名前で呼ばれ、床に降ろされた。
何をする!
憤慨しながら、ケイを見上げると、くしゃみが降ってきて、逆に私が慌てて逃げる羽目になった。
「悪い。俺、少しだけ、猫アレルギーなんだ。」
でも、お前の方が先にいたから、仕方ないな、と笑うケイ。変な奴だ。
私は辟易して、尻尾を巻き、外へ退散しようとドアから出て行く。
「ちゃんと帰ってこいよ。名無しの猫(N.n)ちゃん。俺、ここで探偵やるんだ。相棒になってよ。」
背後から掛けられた言葉に、私は、やーだよ、と長い尻尾を振って答えてやった。こんな得体の知れない人間の相棒なんてまっぴらごめんだ。
その上探偵業だなんて。
上手く行く筈がない。
そもそもここは、若い人間には縁の無い土地なのだから、直ぐに嫌になって出て行くに決まっている。
窮屈な思いをするのも、数日の我慢、と。
私は高を括っていた。
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