3、レオンは告白する
夜のクエストだと、仕事内容を終えるのが夜遅くなるので野営して一泊してから帰ることになる。野営する時の見張りや炊事は交代でやることにしている。今日は俺の番だった。
「今日はポトフとオムレツかあ。美味しそうだね」と見張りから帰ってきたユリウスが顔をほころばせた。
最近はいつも二人でご飯を食べながらいろいろな話をする。
使用人の仕事をしていることはなんとなく言っていた。それに加えて、最近仕えている主人が女性だということをうっかり言ってしまってからは、ユリウスの好奇心に火がついたらしくその話ばかり聞こうとしてくるのだった。
「ねえ、レナードのご主人様はどんな人なの。かわいい?」
「さあ、どうだろう」
「えー。ちょっとぐらい、いいじゃん。教えてよ」
「うーん。まあそりゃあ、正直言うとめちゃくちゃかわいい」
ユリウスはそれを聞くと満面の笑みを浮かべた。余計な情報を与えたかもしれない。
「そうなんだ。でも、そんだけかわいかったら好きになっちゃうんじゃない?」
「いやいや、それはないよ。そもそも全然住む世界が違うんだから、考えることもできないというか」
「そうなの?」とユリウスは少し不満そうな顔をした。「じゃあさ、逆にそのご主人様の方がレナードのことを好きだったらどうする?」
「いやそんなことあるわけないって」
「たとえばの話で考えてみてよ」
「ないない。たとえばでも考えられない。絶対ない」と俺は首を振った。
それを聞いたユリウスは「そう」とため息をつき、がっかりしたような顔をして黙ってしまった。
まったく人の気も知らないで。
ユーリア王女のことを思い出すと、胸を締めつけられるような気持ちがする。それはいつからだろう。あまり考えないようにしているのだ。でも、そうだ。わかっている。最近俺は王女様に対してある種の感情をもっている。自分ではないことにしようと目を背けているが、それは日に日に大きくなっている。自分の中でせき止めていた感情が溢れて決壊しそうだ。
「俺は使用人の仕事をやめた方がいいのかもしれないな」
「急に何を言いはじめるの?」とユリウスは驚いた顔をして言った。
「だって、あんなに見目麗しくて、俺に対してはいつもいじわるだけど、実は根っこのところでは優しいんだ……そんなの好きになるに決まっているじゃないか。でもそんな手の届かない相手を好きになっても不幸なだけだし。気持ちを顔に出さないように仕事するの本当に大変なんだよ」
ついに言ってしまった。一度言ってしまうと、気持ちを抑えられなくなった。
「それでやめたいの」
「ああ。仕事をやめればもう気持ちも隠す必要ないだろ。叫び放題だよ。『大好きだ、ユーリア!』って」
多分誰かに言ってしまいたかったんだと思う。だれにも言えず顔に出さないようにしていたのが、自分の中で思った以上にわだかまりになっていたようだった。言葉にしてみると、とてもすがすがしい気分になった。部外者であるユリウスになら言ってもいいだろうという油断もあった。
「何、酔ってるの? ユーリアってまさかユーリア王女のこと?」
「酔ってなんかないさ。そう、俺はユーリア王女のことが大好きなんだ」
俺はユリウスに馬鹿にされるのを期待していた。笑われて、すっきりしてまた明日からいつも通り仕事ができると思っていたのだ。
でもユリウスは顔を真っ赤にしてうつむいていた。そして急に立ち上がった。
「ちょっと歩いてくる」
冷静になってみると俺の言動は確かに、端から見てかなり恥ずかしいものだったかもしれない。でも自分から積極的に聞いてきた話題じゃないか、と少し釈然としない思いもあった。
ユリウスは、すぐに帰ってくると思ったが時間が経ってもなかなか戻ってこない。
少し心配になったので歩いていった方に様子を見に行くことにした。
すると前方の森の中から、
「うわあ助けて」
という声が聞こえてきた。ユリウスの声だ。
駆けつけると、ユリウスが一本の木の枝にからめ捕られて空中で必死にもがいている。その木はエビル・ウッドという魔物だった。近くを通る獲物を枝で捕まえて持ち上げ、縛り上げて枝から対象の魔力を吸い取ってしまう。命の危険はないが、魔力を取られるので他の魔物と一緒に出会うとかなり厄介だ。
ユリウスを捕まえている枝を切ってやり、解放されて空中から落ちてくるユリウスの体を手で受け止めた。
ユリウスを俺の手の中でほっとしたような表情をした。こちらを見つめるきらきらした瞳は相変わらず破壊力がある。ギルドの女性方の気持ちもわかる。いい匂いがするし。
そのときユリウスの服の胸ポケットから銀色の装飾品が滑って地面に落ちた。ユリウスは慌てて俺の手から下りてそれに飛びつき手で隠したが、それは見覚えがある意外なものだった。
「見た?」とユリウスが俺の顔を恐る恐る覗き込んだ。
「はい、見ましたよ。それは私が昔お渡ししたペンダントですね。ユーリア王女様」
ユリウスは頭を掻いて、やってしまったという表情をした。
「ばれてしまったか」
ユリウスはポケットから小型の文字盤のようなものを取り出すと、その上のダイヤルのようなものをがちゃがちゃと回した。すると外見があっという間に変化した。
そこに立っていたのは、ユーリア王女だった。
「あまり驚いていないようね。レオ」
俺は首を振った。
「驚いていますよ。でも王宮勤めで鍛えられましたので」
「レオはいつも冷静沈着に仕事をこなしてるものね。まるで感情なんてないみたいに。でもさっきあなたが本来の姿なのね」
俺は先ほど、王女に対する気持ちをユリウスに思いっきり白状してしまったことを思い出した。しかも白状した相手が、当の本人だったとは。どこかに穴を掘って埋まりたい気分だ。
「お恥ずかしい。あの、できれば聞かなかったことにしていただければ」
「そういう訳にはいかないよ。だって一番聞きたかった言葉がやっと聞けたんだもん」
「え? それって」
その時遠くで獣のうなり声のようなものが聞こえた。俺たちは暗い森の中にいたのだった。
「できたら、移動しない?」
「そうですね。森の中を戻るよりもこのまま進んだほうが。ここからだとティタンの湖が近いです。そこから遠回りして戻った方が安全でしょう」
「じゃあそうしよう」
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