不安と安心

第1話 泣き崩れる彼女

「ねぇ圭祐君、ちょっと相談あるんだけどいいかな‥‥」


始業式からある程度日程が過ぎたある土曜日。

お客さんの足が減ってきたきたこの黄昏時に店の閉店の準備を進めていると小松さんが俺に相談として話してきた。


「ん、相談って?」

「気のせいなのかも知れないんだけど、ストーカーが居るの」

「え!?」


* * * * *


小松さんいわく、

最近学校帰りに後を付けられる。

それは駅からついてきているような感じだという。

夕方の時で朝は全くもって気配は感じない。

だと言う。


「それでなんだけど」

「うん」

「学校から一緒に帰ってほしいの。家も近いし」

「いや、別に構わないよ」

「ありがとう。ちょっと私だけだったら怖いしさ、男子が一緒に帰ってたら大丈夫だと思うし」


自分なりの勝手な推測だが定番の”この子が好き!だから付いていこう”みたいな感じなのだろう。

小松さんは始業式でもあった通りで凄く人気があったし。

そんなことがあったら仕方ない‥‥のか?

そう考えるとやっぱり学校の人がストーカーしているということになるのか?


「心当たりはないの?」

「誰がってこと?」

「うん。例えばさ?前の学校で振った先輩とかさ」

「先輩じゃないけども同級生だったら三人は振ったな‥‥」


小松さんが困ったような顔で話をする。

普通だったら三人にも告白されてしかも振ってるとか自慢話にもなるのにそんな話を少し嫌そうに話すのは振った罪悪感なのか、それか単に恋愛に興味がないだけなのだろうか。


「三人もか‥‥」


そんな三人もいるとは‥‥

ネチネチ嫉妬深い男だったらストーカーしてもおかしくはない。


「大変だな‥‥」

「大変‥‥」


小松さんが肩を落としてため息をつく。

―可愛いが故。


「それじゃ今日家まで送っていく」

「べ、別に今日は大丈夫ですよ!?」


”ですよ?”


「なんか小松さんたまに敬語だよね」

「あ、うん。なんか店だと先輩後輩みたいな感じになるから‥‥」

「なんか特殊だな」

「言い方はいいじゃん。圭祐君だって初めの時より言い方柔らかいし」

「‥‥慣れだ」


人間だれしも慣れができると変わってしまうものだ。

変わってしまう。


「それじゃ、さっさと閉店まで進めるぞー」

「はい!」


やっぱり敬語になってしまう小松さん。

そのことに気づいたからなのかちょっと頬を染めて下を向く。


「‥‥無理しなくてもいいから」

「そうさせていただきます‥‥」


* * * * *


「なんかこんなくらい時間に一緒に道歩くの初めてだね」

「まぁ、そうだな」

「今日は月が綺麗だねー」

「‥‥」

「圭祐君?」

「うん。綺麗」


家までの道を二人横に並んで歩く。

空を見ると真っ暗な中に綺麗な月があった。

そんな綺麗な月明かりの下を歩いている。

まぁしかし辺りは車のヘッドライトがとても眩しい時間帯で高校女子が一人で歩くことは危ない時間帯でもあるだろう。


「こんな二人で歩いてる時に後ろの方に居たりして」


小松さんが急にシュッと後ろを振り向く。

俺は冗談のつもりで言ったのだが小松さんは本当に怖がっているのか物凄く早く後ろを振り向く。


「ちょっと!変な冗談やめてよ!」

「ごめんごめん」

「ったく、もー」

「あははは‥‥」


思った以上に怖がっているということが今のでわかった。

そして、まだ寒い春の風を浴びながら歩いていたらあっという間に家のそばだ。

小松さんの家は最近住宅が多く建てられている住宅街。

その住宅街の近くにコンビニがあるのが特徴。


「俺はコンビニよって夜ご飯買って帰るから」


今日は父さんが友達と飲みに行っているので夜ご飯は一人。

どこか食べに行って来いとお金を貰ったがそんな気分じゃないのでコンビニ弁当で夜ご飯を済ます。


「夜ご飯って?もしかしてコンビニ弁当?」

「そう。今日は父さん飲みに行っていないから」

「そうなんだ‥‥それじゃうちで夜ご飯食べていきなよ!」

「え、いやそんな悪いし」

「タイミング良いのか悪いのかわからないけど私も一人なんだ。今日の夜ご飯」

「まぁ奇遇だな」


今日というタイミングで小松さんも今日の夜ご飯は一人らしい。


「だからさ?どうかな‥‥」


小松さんが少し不安そうな顔でこちらに目をやってくる。

そんな感じに改まった様にされたら断ることもできない。


「う、うん。そのお言葉に甘えようかな‥‥」

「任しといて!料理には自信あるから!」


いつも通りの元気な小松さんに戻る。

そして小松さんはそのままニコニコしながら家に向かっていく。


「ん?」


俺が気になったのは電柱。

さっきまで歩いてた後ろに一人の人影あった。

しかも明らかにこっちを見て、どう見ても不審者そのもの。

その姿は小さく少し違和感を感じる程だった。

俺は凝視はせずにチラ見だけしたのでまだ気づかれたとは思っていない。


「小松さん」

「ん?どうしたの圭祐君」


俺の横で歩く小松さんが全く気付いていない様子でこちらを向く。


「ちょっと早く家に入ろう」

「え、ちょっ。なんでそんなに急ぐの!?」

「いいから!事情はあとで説明する!」


俺は少し声を荒げてしまった。

ただ小松さんを危険に晒すことができないために俺は手を強引に引っ張って小松さんの家に飛び込んだ。


「はぁ、はぁ‥‥小松さんごめん急に」

「‥‥ど、どうしたの。‥‥急にさ」


小松さんは急な出来事について理解をしていないため困惑していた。

説明する前に俺はとっさに鍵を閉めた。


「小松さん、後ろにおかしい人影があったんだよ」

「え?人影?」

「うん。電柱の横からよくある見方で」

「‥‥とりあえず中で落ち着こ」


小松さんは落ち着いた雰囲気で部屋の中に入っていく。

しかしどこか不安げな感じもあった。


* * * 


「適当にくつろいでて」

「適当にって‥‥」


さっきまでの雰囲気からくつろいでろって言われてもできない。

しかも女子の家に初めて上がった身ということもあるので仕方ない。


「小松さん」

「ん?」

「‥‥怖くないの?」


あまり聞くべきでないこととは分かっている。

でも明らかにおかしな雰囲気の小松さんに動揺していたのだろうか。

それとも好奇心なのかわからないが俺は聞いてしまった。


「‥‥」

「‥‥ごめん」

「怖いよ!そんなの怖くないわけないじゃん‥‥」


さっきまで落ち着いていたはずの小松さんは声を荒らげ、肩が震えていた。

その様子を見て自分がどんだけダメな言葉をかけてしまったと改めて感じた。


「小松さん」

「‥‥」


呼んでも小松さんは俯いたままだった。


「俺は、俺は小松さんの力になる。一緒に帰りたいんだったら何度でも一緒に帰る。今回のストーカーの件だって。‥‥だから‥‥だから俺を頼ってくれ」


さっきの言葉の罪滅ぼしというわけではない。

ただ目の前であそこまで崩れた彼女を見てしまうと何もしないということは出来ない。何か力になりたい。ただそんな単純なこと。


「‥‥なんでそんなに優しくしてくれるの?‥‥ただの店員だよ‥‥私」

「店員とかじゃなくてさ、友達じゃん。友達だから。それだけ」

「‥‥っ、ぅ‥‥」

「それだけで理由には‥‥ならない、かな?」

「うんん、なる‥‥っ」

「‥‥」


小松さんはその場で泣き崩れた。

それは大きな不安を表に出さず頑張って我慢していた小松さんの安心した様子だろう。

引っ越しをするという不安や、友達ができるか。そして今回のストーカー事件など本当にこの一、二週間の負担は凄かったのだろう。

泣いている小松さんを見ると心のどこかでほっとした。



「ごめんね、取り乱して」


10分ほどだろうか、小松さんが泣き崩れた後に落ち着きを取り戻したのは。

その間は別に何かをするというわけでもなくただそっと泣き止むまで待っていた。


「いいよ、俺が変なこと聞いたから悪いんだ」

「うんん、違う。嬉しい。本当に、本当に‥‥」

「‥‥」

「だからさ?しっかりとこれから私の護衛兼面倒を見てもらうからね?」

「分かってる、それだけは任せろ」


小松さんの目は少し赤くなっていた。

ただ先ほどまでの雰囲気は違っていつも通りの、本当にいつも通りの小松さんに戻った。








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