24話

 昼休み。定食屋のカウンター席に座る背中に声をかけ、隣に腰掛ける。


「ほんとここ好きっすね。南さん」

「おっ、七!久しぶりだな」


 南さんは一課に所属してる。俺も一課にいる時はコンビを組んでた。その時よく連れて来てくれたのがこの定食屋。


「はい、お待ち遠さま!南くんが生姜焼きで、七ちゃんは南蛮ね〜」

「どうも」

「ありがとうございます、いただきます!」


 運ばれてきた料理に手を合わせ頬張る。少し味が濃くて現場の帰りにはこれが美味かったんだよなー!と懐かしい気持ちになる。


「で?早く言えよ。俺に話あって来たんだろ」

「えー、もう少し飯楽しんでから… あ、」


 箸を止めないまま南さんはさっさと本題を済ませようとする。丁度タイミング悪くテレビで九条のニュースが流れた。


「アレって殺しなんすか?」

「なんだお前九条ファンか」

「そうじゃなくて。一課に振られたからって皆噂してますよ」


 九条の件がなかったら、一課時代の思い出が染み付いたここにわざわざ来ない。それを南さんに勘づかれたのはさすがというか、少し不甲斐ない。


「そうか。でも残念。ありゃただの自殺だな。傷は本人が切ったと見て間違いないし、遺書もある。ちゃんと本人の字だったよ」


 パッと画面が切り替わり、自殺対策の電話相談先の番号が出てきた。電話かけて解決できるもんなんかな。死ぬほど悩んでることをたった一本の電話で。

 薄っぺらい正義はどうも好きになれない。


「九条は何故自殺したんでしょうか。それこそ、死ぬ理由ないってので殺しの疑い出て一課に振られたんですよね?」


 南さんが自殺だって言うならそうなんだろう。現場至上主義の人で、何かを見落としたり見誤ったことはない。ただ、何となく腑に落ちなかった。


「『小説が私の全てでした。全てを失った私に人生など終わりのない地獄そのものです。』だとよ。俺らにとっては“そんなこと”でも誰かにとっては“それ程のこと”だから人は死ぬんだ」


 南さんは自分の分の湯呑みにお茶を注ぎ、俺の方にも注いでくれた。湯呑みに手を添えながら小さく礼をする。

 とくとくと溜まる音が印象的だった。溜まって、溢れて、染みる痛みは人によって違う。皆が皆そう優しくなれたら良いんですけどね。


「変わらないですね、南さんは」


 俺がそう呟くと南さんは小さく笑った。


「変わったよ。…七、去年あの時」

「すみません俺そろそろ戻りなんで」


 南さんの言葉を遮りガタンと立ち上がる。南さんは呆れたようなため息をついた。


「逃亡生活は楽しいか」

「やめてくださいよ。人を犯罪者みたいに」


 レジでお釣りを受け取り財布にしまいながら南さんが言った。それにヘラヘラ笑って返す。

 別に、逃げても良いじゃないですか。俺にとってあれはそれ程のことに分類されるんですよ。


「おわっ!?ちょ、なんですか」


 店主に挨拶して店を出た瞬間いきなりネクタイを強く引っ張られる。ガクンと前によろめく。俺が顔を上げるともう一度また引っ張り、顔を近付けられる。


「見れば分かんだよ」


 感情を全てひた隠した顔と低い声に胃が絞まる。現場だけじゃない。聴取でも強くて、俺にとって正義の象徴だった。なりたかった。


「じゃあまたな」


 南さんは動けず固まる俺の肩をぽんっと叩いて立ち去った。


 後味悪い。


.


 定食屋から戻り席に座る。色々調べたいけどまずは仕事片付けないと。早く家に帰らなきゃ。


「七瀬さんすみません。栗田さんという女性の方が七瀬さんを訪ねて来られたのですがお知り合いですか?」


 パソコンの起動待ちしてる時声をかけられる。窓口の方に目をやると懐かしい人がいた。今日はそういう日か。急いで窓口まで出て行く。


「急にどうしたの。紗々」


 声をかけると紗々は気まずそうに耳を触って、相談があると言った。


「てか久しぶり。あれ以来じゃない?」

「そうだね」


 窓口の端に座って話をする。


 紗々は2年前まで付き合ってた元カノ。

 休日、紗々の大学の図書館に通ってた時に出会って付き合った。好きな本が同じですぐ意気投合した、よくある出会いだった。


「なんか、綺麗になったね」

「昔の女口説かないでよ。今大志に優しくされたら揺らぎそうになる」


 紗々がジャケットにヒールなんて、女は本当に環境で変わるな。香水まで着けて。


「紗々は俺と付き合ってる時楽しかった?」

「当たり前でしょ。好きな人と好きな物の話してたんだから」


 視線を伏したまま紗々は答えた。楽しかったなら、なんで俺フラれたんだろう。あの時言われた言葉をよく覚えてる。


“このまま一緒にいたら二人とも死ぬ。大志が私達二人を殺すの”


 俺が殺す、というのは比喩的表現なのか。それとも本気でそう思ったのか。紗々は殴ってないのに。女は何考えてるか分からないな。扱いづらい。


「それで、ここに来た理由なんだけど。探して欲しい人がいるの」


 続けて、九条桃良の件は知ってるかと聞いてきた。紗々は九条の編集担当で第一発見者だったらしい。

 あれの関係者かよ。今話してるところ一課の人間…特に南さんに見られたらダルいな。手短に終わらせてさっさと帰らせよう。


「知ってるよ。で、九条の件と探し人の件何か関係あるの?」

「九条先生、一緒に住んでる高校生がいたんだけど、昨日からいなくなってて。学校にも行ってないらしいの」


 紗々は前のめりになって声を潜めて言った。その高校生、今俺の家にいるけど。


「そいつが殺したから捕まえて欲しいってこと?」

「違う!…あの子は、そんな子じゃない」


 一瞬大きな声を出し、また声を潜めた。分かってるよ美輝じゃないことくらい。自殺で固まってるって聞いたし。


「ユウトって名前の西高生。芸能人みたいに綺麗な顔だからすぐ分かると思う。その子を見つけて守ってあげて欲しい。まだ高校生なのに大切な人失って、殺人を疑われるなんてそんなの…」


 ぐず、と鼻を啜り涙を目に浮かべた。こいつこんなすぐ泣く女だったっけ。あ、一人で泣いてたのか。ぼんやりと外の景色を見るようにその光景を眺めた。


「ちょっと歩いた所に探偵事務所あるよ。道教えてあげようか?」


 淡々とそう伝える。紗々は肩を落とし落胆の色を見せた。


「は?何その顔。俺が悪いって言いたいの?善人ぶって捜査の邪魔しようとするお前の方がよっぽどだろ」

「な、ちが…大志なら分かってくれると思って…」


 紗々の言葉を無視して立ち上がる。


「もう他人じゃん。俺ら」


 座って動けないでいる紗々を見下ろし吐き捨てた。そのまま放置して自分の席に帰る。「昔は優しかったのに」なんて泣き声が聞こえてきたけど。

 何が昔は優しかっただよ。お前だって昔は聞き分け良かったくせに。

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