18話

 いつも通り静かなエレベーターに乗り42のボタンを押した。この家出るって蒐に言ったけど喧嘩になって行くあてもなく、結局ここに戻ってきた。


 鍵を解錠する手がピタリ止まる。


 実際、蒐の言ってたことが全部正しい。本当はここにいちゃいけない。分かってるけど扉の向こうに救われてしまいたい。

 拙い夢は扉を開く手を動かした。こんな時に限って素直に動く。
 



「おかえり」
 



 リビングのソファに座ったまま桃良さんが腕を広げる。いつもは無視するけど今日は従ってみた。隣に座って額をこつんと肩に寄せる。意外にも高い体温を感じた。

 俺の頭を撫でる手が優しくてちょっとぎこちない。慣れてるくせに、変なの。撫でられたところからふわりふわりと痛みが溶けた。喉の奥がぽかぽかあったかい。


「…今日はキスしてこないんだ」
 



 いつもは何かにつけてキスしたり服の中に手突っ込んだりするのに。

 今日は髪を撫でたり肩を優しく叩いたりするだけの桃良さんが不思議で言った。言ってから自分の言葉の恥ずかしさに顔が熱くなった。何それ、して欲しい人みたいじゃん。


「あ、待って違う。今の忘れて」

「嫌だ」


 逃げ出すより前にぐっと腰を捕まえられる。いいおもちゃを見つけたと言うような悪い笑顔にもっと顔が熱くなった。

 
腰と輪郭に添えられた手にどんどん引き寄せられ目を細めた桃良さんが近づく。思わず目も口もぎゅっと閉じた。


「……?」
 



 しばらく経っても何もないからゆっくり目を開けると桃良さんは目の前でただニヤニヤ笑ってるだけだった。あまりに可愛いから見とれてたととぼける。わざとのくせに!


 ムカつくから胸倉を掴んで思いっきり引き寄せてこっちからキスしてやった。顔を離した時見た顔が間抜けで笑える。
 



「変な顔ー!」


 
呆然とする桃良さんを指差しゲラゲラ笑う。桃良さんは額に手をつき項垂れ、本当に…と溜息をついた。


「んっ…ま って、もも、…っ」


 今度は俺が引き寄せられキスをされる。触れるだけだったそれと違ってすくい上げるような空気の薄いキス。

 隙を見せてしまえば舌が絡む。桃良さんの舌先が上顎をなぞった時胃がぎゅっと締め付けられるような心地良さを覚えた。


「いいよね?」


「なにが、」



 
濡れた舌を離した時二人とも肩で息をした。全力で坂をかけ登った後みたいに息苦しくて頭が動かない。俺より先に息を整え終えた桃良さんの手がするする服の中に入って上に上がっていく。


「っ、おい!ヤリたいなら女呼べよ!いつもの、」

「この状況でそんなこと言うんだ」
 



 俺のモノを膝でグリグリと押し詰め寄ってくる。その度沸騰してしまいそうなほど頭がこんがらがって視界がぼやけた。



「どうする?」


 
余裕に満ちた顔と勝ち誇ったような声で聞かれる。こうやって女達にも…。

 そう考えると今の状況が惨めで恥ずかしかったけど最初から選択肢なんてなくてこう答えるしかなかった。


「…勝手にしてろ」


.


「あっ あ、やぁっ やだ、やだぁ…っ」


「我儘言わない」
 



 桃良さんが動く度甘ったるい声がこぼれる。逃げようと腰が浮く度ぐっと掴まれる。嫌だと言う毎に動きは早くなり激しさを増す。


 
優しくするって言ったのに。てか俺がこっちかよ。桃良さんの方が細くて女みたいな顔してるくせに。

 いろんなことが恥ずかしくて涙が止まらなかった。


「桃良さんっ、やさしく…するって言ったぁ…」

「…。してるよ」

「ひっ、ぁ まって それ以上、い"…っあぁっ…!」
 



 中でまた大きく熱くなったそれは内臓を押し上げるように奥まできた。桃良さんの前髪をつたって落ちてくる汗が熱いような冷たいような変な感じ。



「おれ、へん、へんじゃない…?おかしくなっちゃうからぁっ」



 夏の犬みたいに口をあけて必死に息をする。でも全然体温は下がらない。自分でコントロールできない感覚が怖くて、自分が自分じゃなくなるみたいだった。



「大丈夫、変じゃない。綺麗だよ」
 



 桃良さんはそう言って汗で貼り付いた前髪をかきあげ額にキスをしてきた。寂しさを覚えた唇をぎゅっと噛む。



 本当に自分じゃないみたい。俺やっぱ変だ。


.


 カーテンの隙間から覗く光に目を覚まし体を起こすと腰に有り得ないくらいの重みを感じた。


 隣では寝息も立てず静かに桃良さんが寝てる。女とヤった後かよ。服を着てない肩を見て思った。

 あれ?てかなんで俺も服着てないんだ…。昨日は確か……昨日!!!!
 



 ぼやぼやと寝ぼけた脳が全てを思い出し一気に目が覚めた。それと同時にサーっと血の気が引いた。


 昨日蒐と喧嘩して、それで変なこと口走って流れでソファでヤることになって、シャワー浴びて、そこでまたして、って発情期の犬かよ!というか、というか…俺が抱かれんの!?
 



 ガラガラとプライドが崩れ落ちる音がした。マジで最悪。桃良さんが起きたらどんな顔すればいいか分からない。

 …よし!やっぱりこの家出よう!
 ここからいなくなって全てなかったことにしよう!


 
そっと起こさないように、仕事の時みたいに気配を消せばいける。バレずに。そっと。腰が痛むけど、焦らずに…。

 壁側で寝ていた自分を憎みながら桃良さんに跨ってベッドの外を目指す、
というところでいきなり携帯がけたたましく電子音を鳴らし始めた。平日に鳴るよう設定したアラームだ。


 最悪…。俺の下で桃良さんがうーんと小さな呻き声をあげながら目を開く。

 待て、今は起きるな。この体勢はヤバい。


「…君は、意外と積極的だね」


 
昨日は楽しかったもんね、と桃良さんがヘラヘラ笑う。
 



「ちがっ、違くて!これは…あの、違うから!!」


「いいよ。おいで」
 



 桃良さんの腕が首に回る。重い腰のせいでちょっと引っ張られただけでベッドに投げ出されすぐ景色が変わった。



 結局この日は学校を休んだし夕方になって蒐から大量のLINEが来てたことに気が付いた。

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