13話

 今日も疲れた。


 いつも夢の中で、その日殺して食べた人が私を殺そうとしてくる。ただ人と食べる物が違うってだけで、どうしてこんな…。


 そんなことを考えながら矢を投げているとポケットの中のスマホが揺れた。
電話だ。
 


 相手は希和。今日連絡先交換した時夜電話しようと約束したから多分それ。
ぽんと緑のボタンを押して通話に応じる。


「もしもし」

『蒐!たす、助け、ゎ…わたし、どうしよう…』

「希和?どうしたの?」


 希和は取り乱した様子で声を震わせていた。電話の向こうから雑音と人の声がする。家じゃない。何人もいる。



『っ、碧。あおい、死んじゃった』


 その言葉を聞いた時、ビタと脈も時間も息も止まった。全て取り残されて自分の鼓動だけが耳に鳴り響く。
 



 死んだ?誰が。


「冗談やめてよ、だって今日会ったじゃん。あかね覚えてるもん」


『嘘じゃない!嘘じゃ… 碧、冷たくて、いき、、息、してないっ……』


 希和は涙に喉を詰まらせぶつ切りの言葉を発した。嗚咽を我慢する顰め面が目に浮かび、眉間に皺を寄せた。


 そんな急に。病気?そんな感じはしなかった。事故?なら交通事故が一番有り得る。


「今一人?すぐそっち行くから」


『殺されたの』


 
希和の元へ向かうため身支度する手が止まる。

 …今、なんて?


『私学校から連絡、課題取りに来いって帰りに。それで碧が先帰って、そしたら、家に帰ったら、あおい…っ 碧が…うぅ…っ』


 
涙に溺れ裏返った声が耳奥を刺す。揺れる気持ちに連動して呼吸も浅くなる。


「希和。希和落ち着いて。あかねそっち行くからそれまで、それまでさ…」
 



 落ち着くべきは私の方だ。もう何も頭が回らない。酸欠状態の脳は使い物にならない。
とにかく今希和を一人にしてられない。
電話を繋げたまま店を飛び出す。

 初秋の夜風がやけに冷たくて胃がひっくり返るような気持ち悪さがあった。


.


 病院についた時希和は待合室の椅子の前で蹲っていた。椅子に座ってるのも辛いらしく座面に手をかけ項垂れていた。
 



「…希和」


 
家族なら手を握ってあげるべきなのかな。それとも何も言わず何もせずそばにいるだけの方がいいのかな。本当は一人にして欲しいんじゃ…。



 分からない。

 希和は昔から泣き虫だったけどこんなこと初めてだしどうすべきなのか分からない。家族と普通の生活したことある美輝なら正解が分かる?


「あかね…っ」


 隣にしゃがみ声をかけると希和がバッと顔を上げた。顔色は青白く今にも倒れそうなのに目だけ真っ赤に潤んでて心がきゅっとした。


「私のせいで、碧死んじゃっ…、死んで…ッ」


「…希和のせいじゃないよ」


「うぅ、〜っ!あああ〜〜っっ!!」


 過呼吸になりながら話そうとする背中にそっと手を置く。手を置いた瞬間タカが外れたように声を上げて泣くから間違えたかと思って手を浮かせた。


 けれど離れようとした腕をガッと掴まれしがみつかれたから。ぎゅうっと抱き締めた。
希和の泣き声が肌に直接伝わって目の奥がグッと熱く沁みた。



「少し落ち着いた。ありがとう」

「うん。無理しないでね」


 カウンター席の隣に座る希和の背中を撫でる。希和の体調面も配慮して警察の聴取は簡単に終わらせてもらった。落ち着いたとは言えやっぱり不安だからバーに連れて来た。聞きたいこともあるし。


「あの子は?」


「優人。一緒に住んでる。…人見知りなの。いつか慣れるとは思うんだけど〜…」


 隅っこの席で膝を抱えて座ってる美輝の方を振り向く。美輝は顔を埋めながら希和を凝視した。

 希和が首を傾げ笑いかけたらふいと目を逸らした。諦めて背を向けた希和に中指を立てる。やめてよ私の家族に…。


「蒐が家出てから碧も私もずっと心配してたの。でも、あの子が一緒に居てくれたんだね。安心した」
 



 カウンターに頬杖ついてふふっと微笑んだ。あとでこれあの子に。と飴を渡される。


 本当に…?あんな態度悪いのに?相変わらず優しくてちょっとズレてる。それとすぐ物をあげるところ。
 変わってなくて私も安心した。


 それから希和は碧の話をしてくれた。

 進学と就職について。碧はずっと図書館でバイトして教師を目指していた。教員の採用試験に合格した。全て私に言葉を教えたことがきっかけだって聞いた時はらはら溢れ出した。

 本人から聞きたかった。二人をここに呼んでお祝いしたかった。


「…殺されたって、どんな状況だったの?」
 



 やっぱり聞かずにいられなかった。聞いたところで何になるわけでもないけど知りたかった。



「私が帰った時、家の前で。っ、」


 そこまで言って口を噤んだ。今聞くことじゃなかったのかな。希和がスカートをぎゅっと握りしめた。
 



「ごめん。やっぱりいいよ」


「ううん」



 
希和は話を聞き出すのは諦めようとする私に首を振った。大丈夫だからと気丈に口角を上げる。


「家の前で首から血を出して倒れてて、首元を警察の人がずっと押さえてくれてたの。でもその人も血が出てて…」
 



 警察の男はその後すぐ駆けつけた別の警察官に「逃げられた」と言っていたと言う。
それから救急車が来て、運ばれてその後は…。
 


 最後まで話した時口に手を当て静かに涙を流した。


 私も初めて人が死ぬのを見た時は怖くて涙が止まらなかった。毎日夢に見た。今でも見る。他人ですら血の気が引いたのに、ずっと支え合ってきた姉なんて想像しただけでも酷だ。ふつふつと怒りが湧きあがる。


「許さない。絶対に犯人見つけ出して、私が…」


 
初めて聞いた声。初めて見た顔。涙と怒気が混ざった瞳が黒くて息を呑んだ。キッと一点を見つめ覚悟を決める姿は凛としてて、血の気を感じた。


 その横顔を見て、この犯人だけは依頼がなくても絶対殺してやろうと決めた。
 


 私がやる。希和の手は汚させない。私が守る。


 状況としては、碧が殺された現場に警察の男が駆けつけたか居合わせたか。それで巻き込まれて犯人には逃げられた。ってところかな。もう少し情報があれば…。


「そこにいた奴の名前誰か一人でも分かればな。犯人は無理にしても警察とか通行人とか」


 後ろから美輝がボソッと言った。二人揃ってバッと勢いよく振り返る。
急に話し始めた美輝に希和と目を見合せ、また美輝を見た。


「名前…。あ!警察の人なら分かるよ!私が来た時にはもういて、確か…」


 美輝の問いかけに希和がう〜んと唸りながら記憶を辿った。


「まな!…違うな。ミナミだった気がすー…えっ待って待って、聞いたはずなのにな〜〜」

「結局どれ」

「…どれだろうね?」


 美輝がへらりと笑う希和からつまらなさそうに目を逸らす。使えねぇとか思ってるのかな。でも仕方ないじゃん。家族失ってちゃんと覚えてる方がおかしいよ。


.


 希和にお風呂を貸してる間、美輝が隣に移動して話しかけてきた。


「俺が依頼してやるよ。家族がいるなら、…」


 そこまで言って美輝が俯き黙り込む。家族?


「犯人見つけたらどうすんの?焼く?蒸す?刺身はさすがに引く…」

「なっ、食べないよ!私のこと何だと思ってるの!!」


 美輝はけけっと笑いながらソファに寝転がった。はぐらかされた…。


“家族がいるなら”何だったんだろう。


 私は家族が大好きだよ。お父さんも碧も希和も皆愛してる。お母さんも今となれば許してあげられると思う。

 美輝は?殺すほど嫌いだった?それとも大切だった?


 家族の中に美輝もいること、まだ伝えられない。

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