12話
家を出てから2年、仕事を始めてから2年。
学校の帰り道、ふと足を止める。私はもう一人で帰れるようになった。道に迷って泣いたりしない。
「〜〜て!いや!!」
「うるせぇ黙れ!」
「う…っ、」
声が聞こえる方に目を向ける。道路脇に止められた車の前で男一人と女の子二人が揉めていた。男が抵抗する女の子のお腹を殴った。殴られた子がお腹を押さえてふらつく。うわ。痛そ。その横をスっと通り過ぎた。女の子が車に乗せられる。
「たすけて…っ」
後部座席の扉が閉められる直前、水に混じった声が聞こえた。ハッと目を見開く。
何故かその声だけはくっきりと聞こえた。
「〜っ、ああもう!」
急いで道路側に回り込んで閉まりかけていた運転席の扉に手を伸ばす。
やばい、あともう少し…!扉の端が指先に掠る。間に合、…った!
「うわっ!おい、降りろ!邪魔すんな」
「死ね」
「ゔっ!が…っ」
男は扉をこじ開けて乗り込む私の肩を押し返そうとする。
男の頭を掴んでガッと座席に打ち付ける。後ろ手に車の鍵を抜いて車道に投げ捨て、扉を閉めた。
「あああああ!!いっ、あ…うああっ!」
空いていた助手席に鞄を放り投げ、スカートの影に隠してたアイスピックを取り出した。男の太ももに刺してからぐっと下に引っ張る。
一人か。誰か乗ってると思ったけど、舐められたもんだね。バタンと勢いよく運転席を倒すと後ろに乗せられた二人が息をのみ身を寄せ合う。
「許してくださ、っ ゔ、…ごめ、ごめ なざ…っ ゔ… …。…」
カタカタと口を震わせる顔を殴り続けた。殴る度鈍い音が車内に響く。男の顔がどんどん潰れて赤くなっていく。謝るのも無視して殴り続けた。気付けばもう反応がなくなった。それでも殴り続けた。
男の太ももからピックを引き抜いて逆手に持ち直す。ぶんと大きく上げ、その勢いのまま振り下ろした。
「やめて!蒐!!」
車内で声が劈く。ピックは男の耳を掠って座席に突き刺さった。耳からとくとくと流れる血がシートをつたう。
「蒐!今何しようとしたの!!」
強く肩を掴まれ揺さぶられる。何しようとしたって、そんなの決まってる。
「私は、碧と希和を助けようって…」
他の人だったらこんなことしてない。あの時「たすけて」って希和の声が聞こえて。お腹を押さえる碧の顔色が悪くって。だから私はここに来て。
じわりじわり、目の奥が熱くなる。息が裏返って声が引っかかる。
「なんでおこるの?あかね、あかね悪くないもん…っ、うぅ…あああ〜〜!!あかねのせいじゃないもん〜〜!!」
「そ、そうだよね!助けてくれてありがとう。怖かったよね。あぁ…泣かないで…」
大声出してわんわん泣きじゃくる私に希和が慌てて声をかける。
「怒ってないよ。ね?」
「…ほんとに?」
碧が涙で濡れた私の頬を拭う。懐かしさを覚える場面に、今度は嬉し涙を流してしまいそうになった。
.
車から降りると外はさらに日差しが強くなって頭がジリジリ焼けるようだった。
改めて見たら、二人とも雰囲気変わった…。オシャレな服着て、大人っぽい。でも、変わったのは私も同じか。碧がサラりと私の髪をすくって日光に透かした。
「赤色、綺麗だったのに」
名残惜しそうに何度もすくってはすり抜け、すくってはすり抜けを繰り返す。
私も好きだったよ。太陽みたいな希望。でも生きていくためには捨てなきゃいけなかったの。
「でもさっ!ほら、茶髪も似合ってるよ?ふわふわ!女の子って感じするし、私は可愛くて好きだなー!」
何か言いたげな二人の様子を察して希和が慌てて私の髪を褒める。二人が喧嘩したら一人が間を取り持つ。
そうだった。そうやって暮らしてたんだった。懐かしさにふっと顔が綻んだ。 また、一緒に暮らしたいな。
「ねぇ!お腹空かない?」
「だねー。そろそろお昼食べに行こっか。蒐も」
二人から食事に誘われ、ドクンと鼓動が鳴った。予定はない。久しぶりに会えた。まだ一緒にいたい。でも…。
「えっ、あー…、私今からバイトで、もう行かなきゃ」
「そっかぁ、残念」
「じゃあまた連絡するね!」
二人と連絡先を交換して早足で立ち去った。
本当はもっとたくさん二人とお喋りしたかった。私が家を出てから今までのこと。これからのこと。
でも、どうして押し入れに隠されてたか言えない。本当のことを言って化け物だと嫌われたら、二人にまで否定されたら。
考えるだけでゾッとした。
二人は失いたくない。
▽
登場人物メモ④
正來希和(まさききわ):蒐の姉。人懐っこい平和主義者。人に何かあげるのが好き。
正來碧(まさきあおい):蒐と希和の姉。我が強い猪突猛進タイプ。希和と一緒になって蒐を甘やかした結果があの化け物。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます