8話
一人スマホを触りながらとぼとぼ通学路を歩く。美輝と帰ろうと思ったら国本たちに絡まれてた。わざわざ来るな、先帰れってLINE来たし…。
確かに何もないわけじゃない。痛い目とまではいかないけどイラッとくるレベルの嫌がらせは受けてる。美輝もそれを見てる。
だからって!私を弾かなくてもいいじゃん…。それならあいつら押し退けて私を選んでよ。俺の大切な人なんだって、それくらいの嘘はついてよバカ。
「いたいた。この子じゃね?」
「やーば!めっちゃ可愛いレベチ」
前を歩いてた男とぶつかりそうになって横に逸れるとまた別の男に道を塞がれた。…何?二人は私とスマホを見比べて写真よりどうだとか話してる。
東高の制服。無差別じゃなくて私を探してた。ちょうど美輝がいない。国本かな。
ま、美輝呼び出せばいいだけか。二人を無視して電話をかける。さすがに私からの電話は出るでしょ。
プルプルと鳴り続ける呼出音を聞きながら男たちに背を向け周りを見渡した。今まで気にしたことなかったけど、ここ意外と人通り多いな。一人くらい知り合いいたりして。ほら、あの男の子なんか美輝に似て…美輝!!?
美輝はちょうど道路の向こう側を歩いていた。ポケットからスマホを取り出し画面を確認する。
良かった。早く気付いて、こっち来…て…
パッとこっちを向いた美輝と目が合う。手を挙げて呼ぼうとした時、美輝はニタと笑うだけ笑って、通り過ぎて行った…?ハァ!?
「電話出てもらえなかったねぇ」
「あっ」
美輝を追いかけようとしたら男にぐっと腕を引っ張られた。しまった…!美輝に気を取られて隙見せて…。よろけたところを支えられ腰を掴まれる。
「離して!」
「あはは、かわいー」
二人がニヤニヤ笑う。振り払おうとしてもビクともしない。どうしよう…力じゃ勝てない。けどここじゃ…。
「や…っ」
ぐるぐる悩んでると、腰を掴んでる方の手がすり、と動いた。不意をつかれて体が跳ねる。私の反応に二人はまた喜んだ。
やだ、やだ、気持ち悪い。やだ。
なんで助けてくれなかったの?こんな奴ら私一人でどうにかできるって?
確かにやろうと思えばできるけど、それでも私は助けて欲しかった。無駄だって分かった上で私のために飛び込んで来て欲しかった。そもそも美輝のせいで捕まったんだよバカ、美輝のバカ!!
「そろそろ事務所戻ろう。今日は若も来るって。お前カメラだから早く行かねぇと」
「お前もだろ」
一人がスマホで時間を確認してもう一人を急かす。事務所…若…。東高ってことは岸田組。連れて行かれたら静かに逃げ出すのはまず無理。今のうちに逃げないと…。
「あ〜〜、せっかくまり菜が可愛い子見つけてくれたのに…。なぁ、俺らの番来るまで耐えてくれない?無理かな?」
「無理だろ。あの人の趣味ヤバいんだから」
腰を掴んでる方が抱きついて擦り寄ってくる。
カメラ、まり菜。あの人のヤバい趣味…は分からないけど。国本あいつ、痛い目ってこれか。自分じゃ何もできないくせに。お前が犯されてろよ。
「俺らのためにも頑張って生き残ってね…。歴代ぶっちぎりで可愛いから長くなるかもだけど…」
「言ってもしょうがねぇだろ。行くぞ」
ぐいっと腕を引っ張られる。後ろからは腰を押され無理やり歩かされる。近くを歩いてた人たちが目を逸らす。
「やだっ、誰か!助けて!!」
「うるせぇ黙れ。痛くされたくなかったら大人しく着いて来い」
大きい声を出して周りに助けを求める。腕を掴んでた方が胸ぐらを掴んで口を押さえてくる。
やっと体離れた!すぐ鞄の中に右手を入れてカッターを掴みカチカチと刃を出す。人がいるけどしょうがない。痛くされたくなかったら大人しくするのはそっち!!
「…ってぇ、クソッ……」
カッターを鞄から出そうとした直前、ゴンッと鈍い音が響いた。胸ぐらを掴んでた男が頭を押さえながらよろける。
「透華、ちゃん…?」
両手で水筒を握りしめ浅く呼吸をした透華ちゃんがいた。手、震えてる…。
「理子ちゃんに触らないでよ!こ、殺す、二人とも殺すからっ!理子ちゃんを離してっ!!」
大きい声を出しながら男を引っ張ったり、一心不乱に物を振り回したり。怪我してもお構いなし。その光景に呆気に取られながら、静かにカッターの刃をしまった。
絶対勝てるわけないのに、私のためにこんな…。顔を手で覆い、込み上げる笑いを必死に堪える。まさかここまでとは思わなかった。
「邪魔すんなブス!」
「いやぁっ!」
透華ちゃんの悲鳴でハッと意識を引き戻される。顔を上げると男が透華ちゃんの髪を掴んでた。ヤバ、浮かれてた。助けないと。
「警察だ!何してる!」
私が手を伸ばすより先に別の腕が伸びて男を掴んだ。もう片方の手で警察手帳を突き出してるのが見える。
うわ、なんでここで七瀬が出てくるの…?
「覚醒剤取締法違反、強制暴行罪。他にもあるだろうけどどれが良い?選ばせてやるよ」
七瀬の目が変わった。男たちは怯むことなくここに留まってるけど、早く逃げた方が良いと思うな〜…。
「逮捕してみろよ。お前なんか、!ゔっ…」
「ひっ…!」
七瀬は言い返した男の顔を躊躇なく殴った。肉が潰れる生々しい音に透華ちゃんが息をのむ。
もう一人の男が後ろから七瀬に殴りかかる。その腕を掴んで下に強く引っ張った。
あ、背中。予想通り七瀬が男の肩甲骨辺りを殴って下に突き落とした。地面に叩きつけられた男の背中に足を乗せてしゃがみ込む。
「何かあっても組が何とかしてくれる?なわけねぇだろ。組からすりゃお前らなんか肩に付いたゴミ。指ではらわれて終わり」
七瀬が男の背中に体重をかける。苦しそうに喘ぐ男を見て七瀬はゲラゲラ笑った。これが警察だって?冗談やめてよ。どっちがヤクザか分からないじゃん。
「あと俺、岸田の若と飯行く仲だから。しょうもないこと考えんなよ」
男の背中から足を下ろし頭を思いっきり蹴り飛ばした。男たちは覚束無い足取りでよろよろと立ち去った。
七瀬はその後ろ姿を見ながら「勢いで嘘ついちゃったな」とへらへら笑う。
え〜…?嘘でしょ…。ますますこの男のヤバさを痛感させられる。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、はい。私は大丈夫です…」
私の前を素通りして七瀬が透華ちゃんに声をかける。背中を丸め、髪をそっと直し、目を見つめる。やめてよ。その子優しくされたらコロッといっちゃうんだから。
「で?何してんだよ。今回は見逃してやるけどお前なんか生きてるだけで迷惑なのに」
「はい?」
ギロリと私の方を睨みつけてくる。好き勝手言って七瀬はさっさと立ち去ってしまった。いやいやいや。私どこからどう見ても可哀想な被害者様なんですけど???
今回は助けられたけどなんか腑に落ちない。むしろ不快…。
「理子ちゃん、大丈夫?」
「…ごめん。怪我したよね。家まで送るよ」
心配そうに顔を覗き込む透華ちゃんから目を逸らすように手を繋いだ。
透華ちゃんの家に着くまで私は何も言わなかった。透華ちゃんは何も言えないでいた。
.
「理子ちゃん大丈夫?外怖かったら今日泊まっても」
「違うの。私じゃなくて…。…聞いてくれる?」
透華ちゃんは分かりやすく口数が減った私に声をかけた。目を潤ませて透華ちゃんの指をきゅっと掴む。もちろん透華ちゃんは頷いて指を握り返した。
絶対誰にも言わない。優人にも秘密にして。警察にも行かない。これを約束させてから話をする。
美輝が誰かにつけられてる話。盗撮の話。
「それ、は心配だね」
相槌がつっかえた。透華ちゃんが私の話を否定したことはない。でも美輝の話になると歯切れが悪くなる。
「だから、犯人を見つけて欲しいの。そのあとは私がする」
「…え?」
透華ちゃんが一瞬怪訝そうな顔をした。初めて私の言葉に眉をひそめた。
「危ないというか…今日の人達みたいな、繋がりがあるかもしれなくて。だから捕まえなくていい。見つけるだけ。できる?」
淡々と伝えつつ、所々声を震わせた。透華ちゃんの目が揺れる。
「今日の人達みたいなって、なんで鈴木くんが…。あ、あの警察の人!知り合いなんでしょ?あの人に相談して…」
「透華ちゃん」
「で、でも、私には…」
「できるよね?」
膝を立てて一歩、近付き透華ちゃんの頬に手を添える。そのまま顔を上げさせ目を合わせる。
「透華」
触れたところから震えが伝わってくる。泳ぎ続ける目には涙が溜まっていた。早く頷いてよ。あんたが私の頼みを断るなんて許されないから。
「っ、や、やります…」
「ありがとう。良かった、こんなこと透華ちゃんにしか頼めないから」
ふわりと笑ってぎゅっと抱きしめてあげる。本当はこんなことしなくてもさっさと動いて欲しいんだけど。
「理子ちゃん。私、その、理子ちゃんが…」
私の背中にも腕が回って、強く引き寄せられる。透華ちゃんはそこまで言って黙ってしまった。最後まで言えばいいのに。できないから透明なんだね。いいよ、色付けてあげる。
一度離れて体を屈め目線を合わせる。泣き出しそうな透華ちゃんの頬に手を添え、そっとキスをした。
「全部、二人だけの秘密ね」
目を伏せて、また目を見て、少し恥ずかしそうにはにかんでみる。呆然とする透華ちゃんの頬が少しずつ赤らんでいく。
似合ってるよその色。
これからもっともっと深く沈めてあげるから、私のために生きてね。
▽
登場人物メモ②
水島透華(みずしまとうか):美輝のクラスメイト。蒐(理子)のことが好き。美輝のことをよく思っていない。
国本まり菜(くにもとまりな):美輝と透華のクラスメイト。透華をいじめていた主犯格。
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