5話

 ザワザワと賑やかな教室を横目に廊下に出た時、ちょうど隣の教室から蒐が出てきた。
 



「あれ?早いね。7限井関じゃなかったの?」

「6と7入れ替えで村上」
 



 どうせ同じ場所に帰るし一緒に帰ろうなんて約束はしない。なんだかんだで帰り道にする生産性のない会話が楽しかったりする。


 
荷物を取り出そうとロッカーに手をかけた。この学校は廊下にロッカーがある。防犯って概念死んでんのかな。ま、皆教科書置いて帰るだけだけど。


 ロッカーを開けた瞬間、バサバサと小さな紙が10数枚床に広がった。



「わっ。…これ」


 
蒐が拾い上げた紙は写真で、そこに映ってるのは俺だった。登校中。体育の前着替えてる時。購買でパンを選んでる時。部屋着のまま行った夜中のコンビニ。全部昨日。


 
これが初めてじゃなかった。
最近、1週間くらい前から机の引き出しやロッカーにこんな写真が詰め込まれてる。
 



「…分かる?」


「犯人なら見つけたよ昨日。殺すぞーってナイフ突きつけたら泣きながらデータ消してた。カメラも壊したし」
 



 そいつが持ってたデータは確かに今まで撮られてた写真だった。何より本人が泣いて認めたからもうないと思ってたのに。やっぱりあれは殺すべきだったか…。


「別にいるんだよ。その人はフェイクで」


「なんで?」

「それは、分かんないけどさぁ…」
 



 帰路についている時も蒐は気難しい顔をしながらあれやこれやとぶつぶつ。考え事をしてるせいかいつもより腕を掴む力が強くて痛い。


「でも怖いね」
 



 確かに、怖い。


 この写真を撮った奴がどこまで追いかけてきてるのか知らないけど誰かにつけられてるってのは良い気がしない。今もつけられてたら。これがきっかけで仕事がバレたら、もう既にバレていたら。

 悪い想像ばかりしてしまい残暑が続くこの季節に身震いしてしまった。



「他は?最近なんか変わったことない?」


「ん〜…特に、あ」


 
大したことじゃないけど嫌なことならあった。でも関係なさそうだしこいつに言うのもな。
やっぱなんでもないと言うと蒐は気になるから言えと睨みつけてきた。腕に蒐の爪が食い込む。



「お前に言うの嫌なんだけど…。この前電車でおっさんに痴漢?なんかよく分かんないけど触られて。いやいや俺かよって」
 



 最初はたまたま当たっただけかと思ったけど移動しても着いてきたし。顔はハッキリと覚えてる。性犯罪者と言えばって感じの見た目。清潔感なくてニヤニヤしてて、とにかくキモかった。あれは触られたというよりまさぐられたって方がしっくりくる。
 



「え!?待って何それ面白すぎるんだけど!」


 
蒐は自分から聞き出しとしてヒィヒィ笑った。笑いすぎて息切れしてる。やっぱり言うんじゃなかった。



 それであの後どうしたっけ。電車降りてもしばらくついてこられて…人気ない道入ったら声かけてきたから殴って…。そうだ。見逃してくれって金握らせて来たんだ。だから殺してはない。野垂れ死んでたら知らないけど。
 



「泣きながら交番駆け込めば良かったのに!僕の…僕の処女が〜って、童貞なのにね!アハハ!」


 
蒐が目を細めわざとらしく高い声を出した。有り得んムカつく。ウザったらしく首を振る蒐の頭を小突く。
 



「うるさ、童貞じゃねぇし。てかそれ俺が逮捕されんじゃん。そしたら芋づる式で」


「誰が逮捕されるの?」



 唯一通学路上にある信号を待っていると左側から声をかけられた。嫌な予感しかしない。


「また会えた。嬉しい」
 



 渋々横を向いて目が合う。案の定最悪刑事七瀬大志。

 七瀬は俺の髪を撫でようと手を伸ばした。その手を払い除けながら聞こえるように溜息をつく。



「嬉しくない。なんでいるんすか」


「俺も近所だからね。君は知ってるでしょ」
 



 七瀬が柔く笑う度、蒐に掴まれた右腕がぎゅうっと絞めつけられる。折れる…。


「で、その彼女面してる勘違い女は誰?」


 
七瀬が瞳に軽蔑を滲ませる。その視線の先を追いかけて振り向くと、蒐が目を見開いて威嚇してた。初対面の人間相手にそんな顔できるか?普通。それが面白くてふっと小さく笑ったけどすぐ驚きに変わる。
 



「彼女面してるんじゃなくて私が彼女だから」
 



 蒐は歯を食いしばり口を動かさず低い声で言った。一層右腕が痛む。え〜…?こいつ何言ってんの…?


「痛いこと言うなよブス」


「高校生に手出してるおじさんの方が痛いんですけど」


「黙れクソガキ。まだまだ未来ある若手だわ」

「ねぇ優人♡早く私達のお家に帰ろう?今日も、一緒にご飯食べようね♡」


 
二人がやいやい言い合いをして、気付けば信号が青に変わっていた。七瀬に中指立てて得意気に舌を出した蒐が俺の腕をぐいぐい引っ張り歩き出す。
 



「ほんっと何なのあいつ!?マジでありえない!」
 



 蒐は殺気立てながら爪を噛んだ。ちらりと後ろを振り向くと七瀬はまだ信号の前にいて、俺に気付くとそっと手を振った。
 



 蒐はともかく、七瀬があんな風に売られた喧嘩を買うタイプだとは。何なら自分からふっかけてたし。誰にでも好きとか愛してるとか言えるふざけた奴だとは思うんだけど…。


『好きな子のことは全部知りたいから』
 



 …いやいや。いやいやいや!ない!さすがにないだろ!あれは、そう。蒐と馬が合わなかっただけだ。


 これまで見てきた七瀬の言動が頭の上に浮かんではぶんぶんと振り払った。



「警察に声かけられてターゲット逃した時あるじゃん」


「あの時の!!?あぁもう絶対殺す」


「依頼来てないだろ」
 



 今の蒐にここまで言わせるってあいつ逆に凄いな。

 蒐は義務教育を受けてないから最初は、それはもう本当に大変だったけど。最近は癇癪起こすことも減った。何も言わず黙って終わらせてる。特定の誰かを殺すなんてハッキリと宣言したのは初めてに近い。



「私が依頼するもん」
 



 腕を掴む力が少し緩んで右を見るとむぅっと口を尖らせていた。



「はは、自分で依頼して食べる?」


「食べない!だって不味そう」


 
あの人の料理は美味かったけどな。言いかけてやっぱりやめた。それを言ったらまた右腕が痛みそうだから。
 



「今日のご飯は誰だろうね?」


「昨日のガキじゃね」

「ああ!私赤ちゃん好きなんだよね!柔らかいんだよー」



 
餌を見せられた子犬のようにピンと耳を立てた。小さく飛び跳ねる度浮く赤みがかった茶髪が犬の耳みたい。
 



 蒐は昔から食べることが好き。ある種、執着を感じるほど。

 人肉は簡単に手に入るものではないから。

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