4話

 俺たちの仕事は人を殺すこと。



 この前は主婦で、その次は寝たきりの爺さん。今日は大学生。報酬も大したことない。

 ドラマでよく見る政府の闇とかヤクザとかそういうのはあんま関わったことなくて、大体はもっと薄い理由。



 いじめ。不倫。保険金。ウザい。ムカつく。



 人が人を殺す理由なんてその程度。皆きっかけは小さなものを大きく膨らませてやって来る。誰もが持つ“あいつさえいなければ” “死んでくれたら”を現実にしてしまう仕事。


 今日の大学生はそいつの親から依頼。勉強もせず毎日飲んで遊んでばかり。何か言えば殴ってくるから手に負えない。もうウンザリなんだって。


 親に殺されるなんて可哀想な奴。



 前情報通り今日も何軒もハシゴしてベロベロになるまで飲んでいた。フラフラ千鳥足。道行く人が冷めた目を向けながら避けていく。


 ダメだよそんなになるまで飲んじゃ。覚束無い足取りで歩道橋なんか歩いちゃって。


 階段の一番高い所で大学生とすれ違う時トンと肩を当てそれから背中を一押し。足を引っ掛けて、ちゃんと頭をぶつけるように。



 大学生の体がふわりと宙に浮く。グルグル回りながら落ちて一番下まで落ちた時アスファルトに血が広がった。

 通行人がざわめく。どうせ皆すぐには通報しない。口元を押さえ小さな悲鳴を上げながら逃げ出す。
 



 終わり。


 人が死ぬ時なんてそんなもんだよ。不意に、誰にも助けてもらえず、苦しいと思いながら自分じゃどうにもできない痛みに耐えて終わりを待つ。


 足元で起きた騒ぎに気付かないフリをして駅の方へ歩く。

 うちは遺体の処理に定評があるって店長が言ってたけど今日のは放置で良いらしい。酒臭いのは持って帰って来んなだと。ダーツバーやっといて何言ってんだか。

 ふぅ、と溜息をつく。今日はさすがにヘマしなかった。最近蒐に叱られてばっかりだったしたまにはさくっと終わるのも悪くない。


「っ、!?」
 



 バッと急いで後ろを振り返る。


 現場から少し離れ、駅が見えてくる何でもない道。疲れた顔で俯き歩くサラリーマン、スマホを触りながら歩く若い女、楽しそうに手を繋ぐカップル。



 ︎︎…いない。絶対いたのに。どれだ。
 


 最近誰かにつけられてる。職業柄人の気配にはよく気付く。けどそいつが誰なのかが分からない。

 こういうところが蒐に甘いと言われる理由。
自分でも分かってる。自分がよく分かってる。


 気分悪…。せっかく仕事終わったのに。また駅の方へ向き直し帰路につく。


「あれ?この前の…」
 



 げ。顔を上げた瞬間、そんな声が出た。背を向け反対方向に歩き出す。お前はなんでまた外にいるんだ。内勤だろ。老人の話し相手しながらパソコンカタカタやってろよ。


「あ〜!待って待って!」


 
腕を掴まれぐっと引き寄せられる。渋々一歩だけ近づくと体幹強〜なんて七瀬は笑った。



「離してください。俺もう帰るとこ」


「お腹、すいてない?」


「は?」



.


「ちょっとだけ待っててね」
 



 え?何これ。俺なんで七瀬の家にいるの?
 



 あの後頷くまで腕離してくれなくて、というか頷いても離してくれなくて。着いてきたらこの前のこと黙っててやるって。そのまま腕引っ張って連れて来られて、今。



 え?なんで?
 



「はいどうぞ」
 



 カルボナーラが乗った皿を2枚ことん、ことんとテーブルに置いて俺の隣に座った。睫毛をパチパチ弾かせ皿を見つめていると「そんな警戒しないでよ。毒盛ってないから」と笑われた。
 



「いただきます…」
 



 フォークを手に取りくるくる麺を巻きとり恐る恐る口に運ぶ。左側からの視線が凄い。めっちゃ見てくる。食べにくい。



「…うま」
 



 マジで美味い。毎日店長の料理食ってるからそれなりに舌は肥えてるつもりでいたけど、それでも美味い。悔しいけど胃袋を掴まれるの意味を知った。これ一つでこいつの好感度ちょっと上がったし。



「それは良かった」
 



 七瀬はテーブルに頬杖つきながら俺の口角についたクリームを拭った。そのクリームを舐め取り、可愛いねなんてにやけながら俺の左頬を撫でる。すうっと肌の上を滑る爪が擽ったい。



 やっぱり嘘。胃袋なんて掴まれてない。




「今日は何してたの?あんな飲み屋街に高校生が一人で」


「塾」


「どこの?」
 



 カタン。と七瀬の手が止まった。こちらを向いた目が穏やかに濁っていて、こんな風に笑う人初めて見た。裁判にかけられてるみたいだ。


 やっぱり警察だとは思えない。オーラというか雰囲気…。目か?何となくだけど…。



「なんでそんなこと聞くんですか」
 



 フォークを握り直して麺をすくう。時間が経って固まった麺は纒わり付きクリームが残った麺はスルスル抜け落ちていく。



「なんでって、好きな子のことは全部知りたいからに決まってるじゃん」
 



 七瀬はなんでそんな当たり前のこと聞くんだととぼけた顔をした。

 うわ、好きとか誰にでも言うタイプかよ。気持ち悪。
 



「俺は好きじゃないから秘密。ご馳走様でした。帰ります」
 



 もう食うことはないだろうカルボナーラに手を合わせる。作った奴は嫌いだけど素直に美味しくて好きな味だった。
 



「送るよ」


「いらない」
 



 玄関に向かう俺の後ろを七瀬がちょこちょこついてくる。靴を履いてドアノブに手をかけた時また腕を掴まれた。
 



「せめて名前だけ、教えて」


「鈴木優人。もういいですか」
 



 いつも名乗る名前。学生手帳もこれ。
もはや本名より言い慣れたその名前を言って腕を解く。今度は掴んでこない。



「次は本当の名前教えてね」


 
七瀬は寂しさを押し殺すような脆い眼差しで笑った。
次なんて、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで部屋を出る。

 ドアがカチャンと閉まる直前「またいつでもおいで」と小さな声が聞こえた。




登場人物メモ①


鈴木優人(すずきゆうと):高校三年生。本名は神田美輝(かんだみき)。容姿端麗。人からの評価が大事。否定されたくない。パンより米、米より麺が好き。


正來蒐(まさきあかね):美輝と共に暮らす高校三年生。童顔美人。自分の容姿に自覚的。何においても自分が最優先されないと嫌。乳幼児と人の不幸が大好き。


鈴木寛也(すずきひろや):美輝と蒐が住み込みで働くダーツバーの店長。権力を持つ悪い大人達と仲良し。


七瀬大志(ななせたいし):パスタ作ったお前こと美輝の前に現れた警察官。生活安全部所属。28歳くらい。親しい人からは七と呼ばれる。趣味は意外にも読書。

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