第16話 皆さんお強いですね〜(蚊帳の外)

「我が王の右腕たるこのアヴェスタ、貴様を冥府の底へと送ってしんぜよう」


「口上は良いからさァ、さっさとその骨ズタズタにさせろよ。肋骨で杖飾り作るのも乙かなぁ」


 武人と狂人は武器を構え合い、攻撃を開始するタイミングを伺う。睨み合う彼らは共に強者。彼らの周囲だけ取り巻く空気が歪んで見えた。

 その様子に目を釘付けにされていると、四天王の内の一人が他の2人に指示を出した。


「旦那がアレと殺り合ってくれてんなら、俺らで残りを片付けちまおう。城内で待機中の奴らと、外の連中も呼べ」


 しかし彼の希望を打ち砕くように、エドはニヤニヤと笑いながら城の外に目をやる。


「ああ、外にいた魔物は……そろそろ全滅した頃じゃない?」


 その言葉には味方の俺でさえ一瞬ゾッとした。壊れた壁の一部から外を覗いてみると、エドの言った通り場外には魔物が一体も残っていなかった。

 そこにあるのはエドが召喚した巨人達と、魔物達に流れていた血と魔力だけ。


「ヘカトンケイルズと炎神に任せて良かった。僕の攻撃から逃れられるような小ぶりのヤツらは、大体踏みならすか燃してくれるからね」


 部下達が殲滅させられた後の光景を目の当たりにするや、リザードマンの四天王は動揺する。


「嘘、だろ……全軍だぞ。出撃部隊全軍、魔王軍全体の7割の兵だぞ!!」


「質は悪いけど、量は良かったね。あれだけの魔力を吸って、ボクも元気いっぱいになっちゃった♡」


 昂ったエドの魔力は更に膨張する。発狂したエドは杖を鈍器のように振るって先制攻撃を仕掛けた。


「イッッツア、ショータイムゥゥゥゥゥゥ!!」


 杖と長刀、魔力と武力が衝突する。もはや俺の目では捉えきれない激戦。衝撃波と凄まじい衝突音が城の中に響き渡る。四天王と俺はその光景を前に言葉を失った。


「ねぇーねぇー、よそ見してる暇あんの?」


 つい先程まで座り込んでいたラセルが飛び込んで来た。光のように速く、会心を乗せた拳が四天王を襲う。


「貴様、先の攻撃であれだけの傷を──」


「そんなもんエドにさっき回復してもらったよ。狂人モードのエドでも、回復と補助はしっかりしてくれるからね」


 拳がぶつかるその直前、ラセルのユニークスキルが発動される。


「ポーカー『ストレートフラッシュ』」


 ラセルが殴ったその刹那、彼の拳が突如迅雷を纏った。迅雷の正体は激戦を繰り広げるエドが放った魔法の

 豪運と共に引き寄せた雷は四天王へ衝突し、ラセル史上最高のクリティカルヒットを叩き出す。


「あはっ、試したら出来たね! エドの魔法が流れ弾になるって『賭け』。俺以外にも適用出来るなら色々使えそうじゃん」


 リザードマンの四天王に一撃を見舞ったのも束の間、包帯に身を包む黒翼男が手刀をラセルへ振った。何かの武術なのか、包帯男は独特の身のこなしで攻撃を繰り出す


「無為、全ては灰の如く土に帰す」


「ピンボール『ディストート・ルート』!」


 手刀が襲いかかるコンマ1秒前、ラセルは後方バク転で魔の手から逃れた。するとラセルは重力に反する奇妙な軌道を描きながら攻撃を避け、包帯男の背後を取る。


「ギャンブルは分析、計算、予測、そして想像力を駆使するゲーム。テクニックも満足に出来なきゃ、一流じゃない。ハイになった今の俺に、勝てない賭けはないよ」


「……賭博師風情が」


 男は包帯の隙間からラセルを睨んでいる。それに対してラセルは挑発するように、ニカッと歯を見せて笑う。


「みーんななんか強いね。正直ついていけないや。ね? お兄さん」


「は? えっ、あ……」


 話しかけて来たのは、四天王の1人にいた少年だった。見た目は人間の10歳にも満たないほど幼い容姿で、あどけない印象すらあった。あまりにも敵意を見せず、突然話しかけてきたものだったので、俺は警戒することを忘れてただ戸惑うだけだった。


「僕はさー、下級魔族の出身で力が弱いんだ。魔力も弱くて技術もない、ステータスも早く成長限界が来ちゃったし」


 確かにステータスは高いものの、この時代では平凡な数値に見えた。しかし一つ不可解なのは、彼のレベルが1000を超えている事だ。


「でも誰より野心があった。魔族の頂点に立つという憧憬が、僕の心を突き動かしてきた──だから僕は、狡猾さでここまで這い上がってきた」


 少年は声音を変えると、小さな腰からサーベルと呼ばれる刀を抜いて俺に飛びかかってきた。


「ひいぃ!!」


 完全に顎の下を掻っ切られた、と思った。恐る恐る目を開けると、魔剣ダーウィン・スレイヤーが勝手に鞘から出て刀を抑えていた。


「はえぇ、その剣って自動カウンター付いてるんだ。剣も構えずにいるから、舐めプしてるか弱小勇者なのかと思ったけど、やっぱり裏があったのね」


 ダーウィン・スレイヤー! お前、俺に握らせない癖にちゃんと働くじゃねぇか!! でもありがとう、助かったぁぁぁ──


「でも残念、僕は二刀流なんだ」


 少年は片手でダーウィン・スレイヤーを抑えながら、左手で背からもう一本の刀を引き抜く。


「なっ、ちょおま……」


「魔剣がこの程度の力なら片手で無力化できんのさ! お前は大人しく首掻っ切られて、僕の昇進の糧にな──」


 瞬間、謎の黒い物体が俺の目の前に現れて、少年の顔面にぶち当たる。頬の肉に飛んできたその物体がめり込んで、僅かな間だけ彼の不細工な面を拝んだ。


「はうぅ!!」


 少年は突如飛来した黒い物体を顔面に食らうと、明後日の方向へ吹っ飛ばされた。重そうなその何かをもろに食らった所を眼前で見るのは少し痛々しかった。

 何事かと辺りを見渡すと、ガラガラと崩れる魔王の壁の向こうから1人の漢がやってくる姿を俺は目にする。


「遅くなったな、お前ら!」


 街の魔王軍と戦闘になった我らの武鉄獅子、武芸百般のガウエンが帰還する。


 が、ガウエンッ! ってなんかついさっきも見たような光景!! 英雄的登場リターン!!!


「お前、街にいた魔王軍は!?」


「過半数は自力で倒した。途中からはヨルムンガンドに掴まって街を離れながら荒野で戦ってたんだが、エドが召喚した巨人に残り全部やられちまった」


 いやそれでもやべぇよあの数相手にすんのは!? とにかく無事で良かった、あんな死亡フラグ立てるもんだからてっきり死んだものだと思ったわ!! 生きてて良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 ガハハと豪快に笑うと、ガウエンは全身に付けた大量の武器を取り出してこの戦場へと身を投じる。


「てな訳で武芸百般のガウエン、帰還したぜッ」


 ガウエンは四天王2人を相手にしていたラセルへ加勢する。彼の登場で戦いは更に加速し、戦況は混乱を極めた。


 戦いは激しくなっていく一方だが、俺は1人だけ取り残されていた。だって俺、こんな強い奴らと戦えないんだもの。どうしてれば良いの? 魔王はみんなに倒してもらわないとだからこの戦闘が終わるの待つけど、それまで俺は隠れてて良い?


 自分の次の行動を迷っていたその時、ちょっとした衝撃が俺の体に伝わってくる。


「ありゃ?」


 気が付いた時には、俺の体は宙にふわりと浮かんでいた。俺がいたはずの場所に目を向けると、そこにはエドの爆発魔法の流れ弾が飛んできていた。


 やっべ吹っ飛ばされたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 どうしよこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!


 えっ、てかこの方向ってもしかして……


「カシラ、勇者が魔王様の部屋に!」


「我は此奴との決闘の最中。勇者は貴様らに任ずる」


 骸骨に命令された四天王の3人が一斉に俺へ飛びかかってきた。死んだと思って漏らしかけたが、間一髪のところでラセルとガウエンが奴らの攻撃を止めてくれた。


「って、行かせるかよ四天王!」


「エーデルハルトの兄ちゃん、こっちは気にすんな。前だけ見とけ」


 ぎゃぴえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!


 吹き飛んだ勢いで俺は背中から扉に突っ込み、最後の心の準備も出来ないまま魔王の間へと突入した。


 ※ ※ ※


 大型魔族サイズの巨大な扉は吹っ飛んだ俺の背中とお尻で開かれ、俺は魔王の間の床に転がった。俺は若干打撲の負傷を負い、魔王の間の扉は再び固く閉ざされる。


 あああぁぁぁぁぁぁぁ終わったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!


「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!? 出た勇者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「……はひゃ?」


 一瞬、脳みそないなった。


 自分が心の中でしていた絶叫と共鳴するように、誰か別の声で叫んでいたからだ。魔王の間で他に人がいるのかと思い、俺は混乱していた。

 頭の中がバグっていると、続けて情けない叫び声が聞こえてくる。


「すいませんすいません! どうか命だけはご勘弁をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 その声の主は、床の方から聞こえてきた。目線を少し落とすと、俺の目の前で誰かが土下座していた。誰だこの野郎? と思って呆然としていると、俺はそいつの服装を見て気が付いた。


 魔力の篭った装飾品や王族のような衣服に身を包んだ男、それは紛れもなく魔王の姿だ。何故魔王が土下座をしているのか、その疑問が浮かぶと同時に俺は既視感を覚えた。違和感を感じていると、魔王はゆっくりと顔を上げる。


 涙と鼻水に塗れたその魔王と思しき男と目が合った瞬間、俺は驚愕した。


「えっ、お前……魔王!?」


 それは俺が2000年前に倒した、かつての魔王だった。

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