第12話 俺、こっちも最弱でした

 偶然出会ってしまった魔物達。彼らは『狂酔する暴風』こと、我らがパーティーの魔法使いエドによって惨殺されていった。エドが無慈悲に殺戮と暴力を振るうために魔法を行使し、発狂しながら大暴れしたせいで魔界の大地が一面汚い赤色に染まった。


 もはや原型など無くなって潰れている魔物達の屍の道を超えて、俺達は魔界にあるという大きな街を目指していた。歩いていると普通にしているだけで吐き気を催す匂いがそこら中に充満している。


「いやあ、久方ぶりに良い運動をしました。やはり汗をかくのはストレス発散になりますね」


 あの大量虐殺を運動と言うかこの人型ミンチマシンが! どうしてくれるこの地獄の空気。あの爆心地から結構離れたけど、まだそこら辺に血の跡が残ってんじゃねぇかよぉぉぉ。


「おえぇ……うへぇ」


「エド、せめて俺らに攻撃がいかねぇように暴れろ! しばらくラセル使いもんにならなくなったじゃねぇか」


「ハハハ、申し訳ありません」


 微塵も思ってないよねぇー!? なに軽くハハハで済まそうとしてんだエドこの野郎。正真正銘のサイコパスを前にビビって内心は大惨事になっていた。


 ──そんな心境で歩き続けて更に数時間が経過し、俺達はとうとう最終目的地の一歩手前まだやって来た。


「魔界に、こんな街が……!?」


「ここはヴァルキュールベリー。魔王軍直轄の都市にして、最大規模の歓楽街」


 そこは城壁や柵などの囲いがない開けた大都市だった。ピンクや紫の蛍光灯が周囲を照らし、碁盤の目のように街は区画整理され、大通りは魔族や少数の人間達で賑わっている。エド曰く、街の運営のために捕虜として僅かに人間もここで生活しているらしい。


 まさに人々が集い、己の欲を満たすための歓楽街。その街の中心には、城のような造りをした大きなカジノがそびえ立っていた。

 街の様子を見るやラセルは持っていたゲロ袋を捨てて、おもちゃを見る子供のように目を輝かせていた。


「うおっほおぉぉぉ! すげぇすげぇカジノとかある!! ねぇねぇ、俺あっち行ってきていーい?」


 さっきまでげぇーげぇー吐いてた奴が何言ってやがりますか? お前ギャンブルのことになると一気に頭のネジがヴァルハラにでも行くの?


「ここは直轄地だが、多少の人間もここで生活してる。混ざるぐれぇなら大丈夫だろ」


「認識阻害の術を先程かけておきましたので、潜入も兼ねて自由行動にしましょうか」


 おいおいおいおい追い鰹がつお。つい数時間前まで『慎重に行きましょう』とか言ってたのはどこのどいつだっけ? あっれれ〜そっれで良いの〜?


「魔界にゃ、魔物から取った上質な素材や武器があるらしいからな。俺は武具屋で物色でもして来るわ」


「じゃあ私は酒場や人が多いところで聞き込み調査でもして来ます。何かあればこの大通りで待ってますので」


 がっ、ががががががががガチで? いやいやちょちょちょ、お前ら止めろよ大人だろ!


「そんじゃ、一時解散!」


 ガウエンがパンッと手を鳴らすと三人は散り散りにこの場を去っていった。こいつら、本当に解散しやがったよ。


「畜生、前みたいに下手な首の突っ込み方したら今の俺は殺される。だけどそこらをフラフラしてるだけだと逆に目をつけられる。どうしたら……」


 ブツブツと独り言を呟いて慌てていたその時、俺の肩をトントンと誰かが叩いた。


「ねぇねぇお兄さん、ちょっと時間ある?」


「はぇ?」


 俺の背後に、とてつもない美女が立っていた。蛇のような曲線美を描くボディライン、シュッとした顔にはめられた黒い宝石のような目、腰の辺りから黒鞭のような尻尾が生えている。

 俺はこの女がサキュバスと呼ばれる魔族の一種であるとすぐに悟った。前世では相見える機会がなかったが、まさかこんなところで会うとはあまりに予想外。


 更に驚いたのが、このお姉さん感溢れる雰囲気と目元が若干ではあるが、前世で奥さんだったロザリアに似ている! 正直この娘、好みどストライクなんですけど。


「アタシぃ、そこのお店で働いてるんだけどぉ。どうかな? 今なら2万で良いわよ」


 女が指さす方には、「宿屋」と看板に書かれている明らかにピンクの店があった。妖しい魅力、俺を引き寄せる危険な魔力が女とその宿屋から発せられている。


「うふふ、緊張してるの? 大丈夫、アタシこんななりしてるけど、サキュバスと人間のハーフなの。だから人間のお兄さんでも問題ないわよ」


 勇者とは、最も勇敢で強い精神力を持つ者。己の心に打ち勝つ強さこそ勇者の強さ。ましてやここは敵地、油断など到底出来ない。この娘が敵の幹部と繋がっていて、俺を捕らえるためのハニートラップを仕掛けている可能性も捨てきれぬ。

 つまりここで宿屋へ行く選択をするのは最善手ではない──


 だが、俺の本能がその強さを押しのけぶっ飛ばした! このエーデルハルトが男である限り、本能には抗えない。

 これから死ぬかもしれないし、魔王城にカチコミ入れるなら相応の覚悟も必要だ。

 それならせめて最後に思い出ぐらい作ってもいっか! 奥さんとか2000年前に亡くなってるし!!


 宿屋にこそ栄えありってやつだ!!!


 ※ ※ ※


 1時間後、俺は宿屋を後にした。きゃははと笑いながら先程の嬢は俺に手を振って見送っている。俺は彼女が大笑いしている顔を見たくなくて、振り返らずに放心状態で大通りへと戻った。魂を抜かれたかのように、俺は心を失ってただ虚空を呆然と見つめていた。

 何もやる気が起きない。控えめに言って溺死したい。


「ふんふふんふ〜ん。あっ、エーデルハルトさぁーん!」


 ご機嫌なラセルがスキップでこちらへ寄ってきた。彼の腕には溢れんばかりに金貨が詰め込まれた袋が抱えられている。


「見てみて〜。さっきカジノのルーレットとグリフォンレースで大勝ちしたんだぁ……って、どうしたの死にそうな顔して?」


 明るく振る舞う気力すら湧かず、俺は唸るような声で返事するしか出来ない。


「ラセル、何も聞かないでくれ……」


 これは勇者としての、いや、男の尊厳に関わることだ。あまり深くは言わない。だがこれだけは、俺の胸に深く刻んでおこう。

 俺はこの時代じゃ、女性相手でも最弱だってことを。エクスカリバーと思っていた愛武器は、ただの短剣に過ぎなかったということを……

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