第11話 狂酔する暴風

 森をひたすら歩いて半日以上が経過した。疲労が溜まってきたかと思っていたその時、俺は森の中で一際存在感を放つ巨木の前へたどり着いた。


「これは……世界樹!?」


 それは過去に見た世界樹とは程遠い小さな樹だ。だがこの木から感じる魔力というのは明らかに2000年前に謁見した世界樹と同じものが流れていた。


「これは、地脈の神樹です」


「地脈?」


「今の魔王軍は慎重にして狡猾。彼らはセーブポイントや教会だけでなく、人間側にとって有利となる世界樹や回復地点を襲い尽くしました」


 うっわ、頭良くなったな魔王軍。前は一部の頭良い将軍とかがアホな魔物率いてた程度の集団だったのに。


「結果、最後に残されたのがこの森の神樹のみ。現存する最後のワープポイントでございます」


 そんな貴重になっちゃったのかよワープポイント。そういや唐突だけど、前世でも変なおっさんがワープできる魔法開発してるとか聞いた事あったな。訪ねとくんだった。


「ここから先は魔王が城を構えて統治する領域、魔界へと繋がります。ですが、引き返す事は出来ません」


 ひぇっ……終わった。


「何言ってんだよエド。ここまで来たんだし、今更怖気付いてても仕方ないっしょ」


「そうだな! それに魔王さえ倒せば、魔界の魔力は使えんだろ? そいつを頼りに帰りはワープしてくりゃ良い」


 はいこれいつもの如く流されるやつですね〜はい終わり。


「おっ、おお……いざ行こう」


 ダメだぁ〜足腰の震えが止まんねぇ……! だけどもう行くっきゃねぇ!!


「では、行きましょう」


 エドが地脈に手を触れて呪文を唱えると、樹木は激しい光を放った。その光に吸い込まれるように、俺達は魔界へとワープする。


 ※ ※ ※


 光が収まり目を開けると、頭上では混沌とした紫紺の空が広がっていた。


「──魔界、久しいな」


 感傷に浸り、少しばかり過去の思い出が呼び覚まされそうになった。しかし、俺達を待っていたように囲んでいる魔物の大群を目にして俺の意識は現実へ引き戻される。


「んっっっっっっっ!!!」


 俺の心臓は一気に潰れたように激しく動き始めた。


「ちょっとエドぉ、これヤバいんじゃないの?」


 ヤバいどころの騒ぎじゃねぇ。ここに居る魔物、全部レベル200オーバーの大化け物ばっかじゃねぇかよ。


「地脈を使用してのワープは細かい場所を指定できないとは聞いていましたが、まさか魔物の群れの中に放たれるとは」


 それ最初に言ってくれない!? お前いつも後出しじゃん!!


 そう文句をつけそうになった瞬間、エドは何歩か進んで魔物達の前へ出た。


「皆さん、ここは私がいきます」


「エドっ!」


「ようやく魔界に来れたのです。思う存分、暴れさせて頂きましょう」


 敵を前にしたその時のエドは何故か、妖しい笑みを浮かべていた。その顔に得体の知れない恐怖を感じていると、後ろからガウエンが怒鳴るように俺を呼ぶ。


「エーデルハルトの兄ちゃん、こっちに寄れ! それでラセルはユニークスキル発動だッ!!」


「マジかよぉぉ! 俺のスキル、持続型じゃないんだけどなあ」


 突然の出来事で俺はあたふたしたいると、ガウエンが俺を引っ張って彼の装備である巨大な盾の中へ引き込んだ。


「早く来い! 巻き込まれるぞ」


 何時になく焦り慌てる2人に俺は困惑していた。だが彼らが狼狽える姿を見て、否が応でも理解せざるを得なかった。

 これからエドが、とてつもない何かをしようとしていることを。


「──神機詠唱」


 そう唱えるとエドは杖を地へと突き立て、ブツブツと魔法の名称を唱え始めた。


「宝石創成魔法、引力魔法、絶界魔術、天変魔術、増幅術式、一斉展開」


 地面に何重もの魔法陣が展開され、俺の目でも分かるほどの膨大な魔力がエドに集中していく。高められた魔力が収束すると、エドは一気に魔法を魔法を撃ち放った。


「醒魔掃滅『デビルズ・エクセキューション』」


 刹那、群れの最前線で待ち構えていた魔物達が後方へと吹き飛ばされた。吹き飛ばされた魔物達は落下時にドチャッと潰れる嫌な音を立てる。更に吹き飛ぶ瞬間に風の魔法でも放っていたのか、飛ばされなかった魔物達の体に斬撃が刻まれていく。


 獣型の魔物は足を切り飛ばされ、人型に近い魔物は腹を裂かれる。戦場は一瞬にして断末魔と痛みに悶える絶叫で溢れかえった。


「そして降り注げ、『エンドレス・レイン』!」


 苦しみ慄く魔物達の反応など気に求めず、エドはすかさず追撃を放つ。空から何千ものエメラルドの塊が落下してきていた。エメラルドは魔物達の体に着弾すると爆ぜ、地面に落ちると破片を飛ばしながら衝撃波を放っていた。


 雨の如く細かく降り注いだエメラルドはガウエンの盾に何度も当たり、凄まじい衝突音を立てている。ラセルは必死になってスキルを使い、必死になって『賭け』で会心防御力を当て続けた。


「まだまだァァァ! 術式加速、魔力還元、火炎増大ィィ!」


 何が起きているのか把握し切れないほど無数の魔法が解き放たれる。火炎や迅雷が大地を駆けたかと思えば、剣山が亜空間から生えたり岩巨人の腕が叩きつけられたりと信じ難い魔法が次々に生み出された。


「どうしたどうしたァ家畜以下の蛆虫共がッ! その汚ねぇ肉と臓腑ぶちまいて、泥に塗れながら無様に死に晒せやボケェェェェェェェェェ!!」


 まるで魔術用の杖を棍棒や鈍器のように振り回し、魔法を同時に発動して敵を薙ぎ払っていく。罵詈雑言を吐きかけ、俺が戦場で想像し得る限り最も冷酷な殺し方で魔物達を駆逐していった。

 中には人型に近い魔物が死に切れずに、途切れ途切れな苦しみの叫びを上げている様が見ていて痛々しかった。あまりに恐ろしく血も涙もないエドの戦闘に俺は言葉を失った。


「はぅ……え、あ……」


「あれがエドに『狂酔する暴風』の異名が付けられた理由だ。奴は戦闘になると、内なる凶暴性が呼び起こされて狂人となる」


 ここまで旅してきてガウエンとラセルは強怖ぇけど中身は良いやつだと分かった。実際、こいつら良いやつだし。ただエドだけはどこか度し難いものを感じていた。チキって言えたもんじゃないけど、これなら魔族の方がまだ健全な精神を持ってる。


 こんな殺人鬼みたいな戦いしてたやつとか、むしろ前世だと俺が成敗する側だったし!


「俺さ、エドだけは怒らせたくないよ〜」


「奴は貴族という身分の重責と元々持っていた気質のせいであんな狂戦士になっちまったからな。俺でさえキレたエドを止められるか……」


 この2人が止められねぇんなら俺は何も出来ない。魔王に立ち向かうよりもエドに抗議する方が怖いんだけど。


「ちょっと俺、気持ち悪くなってきた……」


「待ってろ。今吐き袋を出してやる」


 盾の裏につけた道具袋の中からガウエンはゲロ袋を漁る。袋を手渡されるとラセルは口に当てて嘔吐えづいていた。


「アッヒハハハハハ、アッヒャッハッハハハ!!」


 異常者は高笑いして杖を振りながら、魔界の大地で魔物達を容赦なく屠る。


 魔物って、あんなミンチになるんだ……うわぁ。無惨に潰され、あるいは吹き飛ばされていく魔物達には流石に同情する。あんな死に方はごめんだね。

 俺とガウエン、ラセルはドン引きしていた。際限なく魔法を放ち続け、一方的な殺戮を行うエドの姿は魔族以上に悪魔のように見えた。


 この時の俺達の気持ちは最悪の形で一緒になっていた気がする。ひとまず分かったのは、エドはサイコパス野郎ってこと!

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