第115話 ちょっと今から本体を捕まえてくるね

「なぜここに……っ!?」


 侵入者の男が、エデルの背後から現れた人物に驚愕する。


「久しいな、ディル。こうして会うのはイブライア家にいたとき以来か」

「あ、貴方は作戦に失敗し、始末されたはず……っ!」


 ディルと呼ばれた侵入者が、あり得ないとばかりに叫んだ。


「ああ。確かに私は作戦に失敗した。そしてトカゲの尾のように切り捨てられ、口封じのために消された――はずだった」


 事件の後、騎士団に連行されたハイゼンだったが、牢の中で死んでいることが発覚した。

 彼から様々な情報が漏れ出ることを怖れたセネーレ王子が、すべての罪を負わせ、暗殺したのである。


 しかし彼は死んでなどいなかった。


「私はエデルに救っていただいたのだ」


 あの機竜が破壊された直後、エデルから調教を受けたハイゼンは、そのときから従順な召使いと化していた。

 そしてエデルの力によって、その死を偽装したのである。


 差し向けられた暗殺者が殺したのは、ハイゼンの肉体と見分けがつかないほど精巧に生み出された、ただの人形だったのだ。


「知り合いなの?」

「一応の面識はあります。……実は、私が生まれたイブライア家では、古くから非合法の戦闘奴隷や暗殺者を育成していまして」


 エデルの質問に、ハイゼンは恭しい態度で答える。


「このディルという男は、その中でも最高傑作と言われており、重要な案件のほとんどを担っていると聞きます。とりわけこの男が得意としているのが影魔法なのですが、ひとたびその身を影に潜めてしまうと、見破ることなど不可能でしょう。……ただし、エデル様を除いて」


 同様の影魔法は、ハイゼンも得意としている魔法の一つだ。


 基本的に卑しい魔法とされ、名門貴族が使うようなものではないが、その利便性ゆえにイブライア家では秘かに一族の者たちが習得していた。

 無論、暗殺を生業とするこの男の熟練した技術には、到底及ばない。


「ば、馬鹿な……あのプライドの高い貴方が、平民の子供に屈服するなど……そ、そうか! 貴様は偽物だな! この私を惑わそうとも、そうはいかない!」


 侵入者はそう叫ぶと、腰からナイフを抜く。

 直後、その身体が吸い込まれるように影の中へ。


 かと思った次の瞬間には、ハイゼンのすぐ背後の影から飛び出し、背中へと心臓にナイフを突き刺していた。

 ハイゼンの身体が歪み、どろりと溶けると、床にできる影と化す。


「それは影で作り出したダミーだ」

「~~っ!?」

「まさか、この魔法に引っかかるとはな。最高傑作と言われた暗殺者が、随分と動揺しているらしい。そして今ので分かっただろう? この私が本物のハイゼンであることが」

「……」


 このままでは分が悪いと思ったか、逃走の気配を見せた侵入者に、ハイゼンは断言する。


「言っておくが、ここから逃げることなどできないぞ? この場所はエデル様が作り出された亜空間。脱出することはお前でも不可能だ」

「……く、くくく」

「何がおかしい?」


 侵入者が不意に笑い出したかと思うと、その身体が先ほどのハイゼンと同様、溶けて床の影と化してしまった。


「先ほどの言葉、そっくりそのままお返しします。この身体そのものがダミー。私の本体はこことは別の場所にいるのですよ」

「……ふん。ターゲットを仕留めそこない、尻尾を巻いて逃げ出す暗殺者が、随分と偉そうな捨て台詞を残していくものだな」

「っ……今はいったん退くが、必ずその子供を、そしてハイゼン様……いや、ハイゼン、お前もまとめて始末してやるっ!」


 そう強く宣言してから、床の影がふっと消えた。

 するとハイゼンは視線をエデルの方へと転じて、


「やはり本体は別にいるようですね」

「うん、大丈夫。もう居場所は特定できたから」

「さすがでございます、エデル様。やはり貴方から逃げおおせるなど、何人たりとも不可能なのです」

「じゃあ、ちょっと今から本体を捕まえてくるね」



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