第88話 壊されたりしないわよね

 昆虫たちの残骸が死屍累々と転がる中心で、エデルの動きが止まっていた。


 頭部から足先に至るまで、その全身には透明なリングのようなものが幾つも展開されている。

 特に腕や足などの重要な部分には、より多重のリングが施されるという念の入りようだ。


「魔力を抑えながら秘かに詠唱を続けていたのだ。お前に見つからないよう、この捕縛結界を展開するためにな」


 生徒会の第二席、シリウスが淡々と口にする。

 その落ち着いた態度は、すでに戦いは終わったと告げているかのようだった。


「捕縛結界、か」

「無駄だ。その結界は、どう足掻いたところで破れない。なにせドラゴンですら封じる代物だからな」


 身動ぎしようとするエデルに、シリウスはそう断じた。


「ひゃ、ひゃははははっ! さすがシリウスさんだぜ! これでこいつもただの檻の中の猛獣ってわけだな!」

「ていうか、さっきのめちゃくちゃ痛かったんだけど? たぁっぷりお仕置きが必要みたいねぇ、ぼ、う、や?」


 安心できると分かった途端、先程までの怯えた様子から一転し、調子づくネロとミラーヌ。

 彼らはニヤニヤしながらエデルの元へと近づいていく。


「さぁて、どうやって殺してやろうか? やっぱ白蟻がいいかなァ? こいつらは体内に入り込んで、内側から臓器や肉を食い散らかしていくんだ。そのときの恐怖と激痛は、火炙り以上だぜ?」

「ちょっとぉ~、そんな野蛮な殺し方したら可哀想じゃな~い。それよりあたしのこの剣で少しずつ少しずつ斬り刻んでいって……」

「いやいや、姐御の方も十分野蛮っすよ! 単に肉を斬る感触を味わいたいだけっすよね?」

「だって、人なんて滅多に斬れないも~ん!」


 そんなふうに笑いながら言い合っていると。


 ミシミシミシ……。


 エデルを封じている結界から、そんな異音が鳴り始める。


「っ!? な、なんか物凄く嫌な音がしてねぇか!?」

「こここ、この結界、壊されたりしないわよね!?」


 慌てて距離を取る彼らへ、シリウスは平然として告げた。


「言っただろう。それはドラゴンですら封じる代物だと。人間がこの捕縛から逃れることは不可能だ」


 ミシミシミシミシミシミシッ!


「いやいや、マジでヤバい音してますって!」

「こいつドラゴンより力あるんじゃないの!?」


 結界に罅が走り出したことで、ネロとミラーヌが慌てて叫び出す。

 さすがにシリウスの顔にも焦りの色が浮かんだ。


「っ……ならば、これでどうだ!」


 万一破壊される前にと、さらに結界を重ねがけしていく。


 ビキビキビキビキビキビキビキッ!!


 しかしそれも虚しく、右腕を覆っていたリングに亀裂が走り始めた。


「ま、マジで壊される!?」


 直後、激しい破砕音と共に、右腕部分のリングが弾け飛ぶ。


「壊されたんだけどおおおおおおおっ!? ど、どうすんのよ!?」

「ま、まだ右腕だけだ!」


 すぐさま右腕の結界を修復しようとするシリウスだったが、エデルは自由になった右腕で左腕のリングを掴み、


 パキィィィンッ!


 あっさり破壊してしまった。


「なっ!?」

「この手の結界は縄なんかと同じで、片腕でも自由にできたら後は簡単だよ」


 その言葉通り、エデルは次々とリングを壊し、自力で捕縛結界から抜け出したのだった。


「ば、馬鹿な……こんなに容易く私の結界を……」


 わなわなと唇を震わせ、呆然と呻くシリウス。


 しかし彼には四大公爵家の子女、そして生徒会第二席としての矜持がある。

 戦意を失うことはなく、即座に次の手へ。


「ならばこれでどうだ……っ!」


 エデルの周囲に、幾つもの結界を出現させる。

 六角形の平面結界だ。


 さらにシリウスの目の前にはもう一つ、平面結界が展開されていた。

 何を思ったか、彼はその結界に向かって魔法を放つ。


「ライトニング!」


 雷撃が結界に直撃したかと思われた次の瞬間、エデルのすぐ頭上に浮かんでいた結界から、その雷撃が降ってきたのだった。


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