第87話 お前たちが引きつけてくれていたお陰だ

「何なのよ、こいつは!? このあたしの攻撃が全然当たらないなんて……っ!」


 生徒会の第四席、ミラーヌの武器は、鞭のように伸びる二本の剣だ。

 これを自分の手足のごとく自在に操る彼女にかかれば、空を飛ぶ鳥ですら容易く斬り落としてしまう。


 凄まじい速度で、しかも縦横無尽に迫る二本の鞭剣を回避できるのは、彼女と同じ六年生の中にも数えるほどしかいないだろう。


 だが目の前の一年生は、まるで二本の剣の動きを完璧に読んでいるかのように、軽々と避け続けているのである。


「あの姐御の攻撃を……なんて奴だっ……けどよ、これなら躱せねぇだろっ!」


 ミラーヌが攻撃している隙に魔法陣を描いていたネロが、魔法を発動した。

 直後、魔法陣から何かが飛び出してくる。


 ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッ!!


 猛烈な羽音を響かせ、怒涛の如くエデルの方へと押し寄せてきたのは、全長十センチほどの蜂の群れだ。


 生徒会の第七席、ネロはこう見えて召喚魔法を得意とする。

 幾つかのレパートリーがある中でも、この蜂の大群は最も残酷で恐ろしい魔物だ。


「こいつらはエビルホーネットの毒針に刺されると、肉がドロドロに溶けて、凄まじい激痛と共に死んでいく! つまり原形すら残らねぇ!」


 三十体を超える蜂が、毒針を向けながら次々とエデルに突進してくる。

 しかしそれらのうち、エデルの元まで辿り着けたのは一体もいなかった。


 ゴウッ!


 一瞬にして彼を護るように出現した炎の盾。

 蜂の群れは急に止まることも避けることもできず、正面からそれに突っ込み、そのまま瞬く間に燃え尽きてしまう。


「魔法だと!? しかも俺のエビルホーネットを一瞬で灰にしちまうなんて……っ! こいつ魔法までできるのか!?」

「ていうか今、いつ無詠唱してたの!?」


 唖然とするネロとミラーヌに、エデルは首を傾げる。


「あれくらいの魔法に詠唱なんて要らないでしょ?」

「くっ! なんて出鱈目な奴なのよっ! こうなったら本気で行くしかないみたいねぇっ! はあああああっ!」


 手にする二本の剣へ、闘気を纏わせていくミラーヌ。


「オレも奥の手だァッ!」


 さらにネロもまた新たな魔物を召喚。

 今度は蠍に蟷螂、鍬形、蛾、蜘蛛、百足、蟻と、多様な昆虫系の魔物が続々と姿を現す。


 エデルの周辺を取り囲む虫の大群。

 そうして逃げ道を塞いだところで、威力と速度を増したミラーヌの双剣が、上下左右から襲いかかった。


 パシッ!


「……へ?」


 ミラーヌの口から頓狂な声が漏れる。

 信じられないことに、複雑な動きで迫る二本の鞭剣の先端を、エデルが指で摘まんでしまったのだ。


「こ、このっ! って、ビクともしない!?」


 女子ながら腕力に自身のあるミラーヌだったが、彼女が力づくで引っ張ってみても、まるで岩に突き刺さったかのように微動だにしない。


「よいしょっと」

「~~~~っ!?」


 それどころか、エデルが引くと、ミラーヌごと引き摺られてしまう。

 それでも柄からは手を放さずにいると、


「大人しく手放した方がいいよ。さもないと……」

「ひっ!?」


 ぐんっ、とさらに引っ張られ、ミラーヌの身体が宙に浮いた。


「初めて使ってみるけど、こんな感じかな?」


 先ほど彼女がやっていたのと同じように、エデルが二本の鞭剣を自在に操り始めたのだ。

 しかも掴んでいるのは刀身の先端、そして柄の方にはミラーヌというおまけ付きである。


 その鞭剣を使って、エデルは自分を包囲する虫たちを攻撃し始めた。


「ぎゃああああああああああっ!?」


 大きく振り回され、さすがのミラーヌも耐えられなくなり、悲鳴と共に柄から手を離す。

 飛んでいき、ダンジョン壁に激突した。


「な、な、な、何なんだよ、てめぇはよぉっ!?」


 召喚した虫たちが、鞭剣を操るエデルによって瞬く間に殲滅されていき、もはや涙目で叫ぶしかないネロ。

 自分は今、悪夢でも見ているのだろうかと思わずにはいられない。


 と、そのときだ。


「っ……?」


 突然、エデルの動きが止まったのは。


「よくやった、ミラーヌ、ネロ。お前たちが引きつけてくれていたお陰だ」


 口を開いたのはシリウスだ。


「私の結界で奴の動きを完全に封じた。これでもはや指一本、動かすことはできない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る