第71話 学校中がパニックになるわよ

「捜すったって、どうするつもりよ? どこに行ったかも聞いてないんでしょ?」

「そうなんだよね。こんなことなら目印マーキングでも付けておくんだった。同種族で同レベルばかりだから、索敵魔法じゃ細かい識別は難しいんだよね」


 訊き捨てならないエデルの台詞に、アリスは思わず声を上げる。


「……ちょっ、ちょっと待ちなさい。それがあったら、どこにいてもすぐ見つかっちゃうってこと?」

「それはそうだよ? だってそのために目印を付けるんだから」


 さも当然のように言うエデルに、アリスは頬を引き攣らせた。


「ぜ、絶対に私には使わないでよね!?」

「え? ダメなの? 便利なのに……」

「ダメに決まってるでしょ!」


 自分の居場所が常に筒抜けだなんて、恐怖でしかない。


「他の方法を使うしかないかな」

「他の方法……があるの?」


 何をするつもりかと身構えるアリスを余所に、エデルは魔力で空中に何かを描き始めた。


「これって、まさか魔法陣!?」

「? 見ての通りだけど」

「いやいや、普通は地面とかに描くものでしょ!? 空中に魔法陣なんて……」

「空中じゃないと、立体にできないから」

「立体!?」


 よくよく見てみると、エデルが空中に描き出した魔法陣には奥行きが存在している。

 多彩な幾何学的文様がぐるぐると動き回っていて、確かに立体的な魔法陣だ。


「魔法陣って、平面のものだけじゃないの……?」


 それがアリスの常識だった。


 そもそも高度な魔法を発動する際に使うのが魔法陣だ。

 複雑な魔法陣は、詠唱などよりずっと難易度が高く、使える者自体が少ない。


 だが複雑といっても、あくまで平面のもの。

 目の前でエデルが展開している立体の魔法陣は、もはや見ているだけで頭が痛くなりそうなほど難解だった。


「い、一体何の魔法を使う気なのよ?」


 ガイザーを捜すという単純な目的には似つかわしくないそれに、アリスは恐る恐る問う。


「従魔を召喚するんだ」

「従魔?」

「うん。魔界で飼ってた中に、鼻が利くのがいるんだ。飼ってたと言っても放し飼いだけど。連れてくるわけにもいかなくて、置いてきちゃったんだ」


 次の瞬間、立体魔法陣が激しく光り出したかと思うと、そこに巨大な生き物が出現していた。


 全長およそ三十メートル。

 白銀色の美しい毛並みの狼だ。


「で、デカすぎるでしょおおおおおおおおおおおっ!?」


 思わず絶叫するアリス。


「フェンリルっていう狼の魔物だよ」

「フェンリル!? それって伝説の魔物じゃない!?」

「伝説? 魔界には結構いたけど?」


 驚愕するアリスを余所に、エデルは「リル」と呼んでいるその従魔に告げた。


「リル、匂いを覚えて、捜してもらいたい人がいるんだ」

「それくらいお安い御用だ、あるじよ」

「喋った!?」

「フェンリルなんだから言葉くらい喋れるでしょ?」

「常識のように言わないでほしいんだけど!」


 もちろん魔界では常識だったのだが、ここ人間界では当てはまらない。


「それより何かガイザーの持ち物とかない? 匂いを覚えさせたくて」

「何で私があいつのもの持ってると思うのよ……」

「うーん、それじゃあ、いったん寮の部屋に行くしかないか。よし、リル、付いてきて」


 そう言って、フェンリルをお供に学生寮の方に向かおうとするエデル。

 アリスは慌てて呼び止めた。


「ちょっと待ちなさい! まさかそいつ連れてくつもり!?」

「そうだけど?」

「学校中がパニックになるわよ!」

「そう?」

「そもそもそのサイズじゃ寮に入れないでしょ!」

「それは確かに。じゃあ、こうしよう」


 エデルはフェンリルにある魔法をかける。

 すると見る見るうちにそのサイズが縮んでいき、やがてせいぜい大型犬ほどの大きさになってしまった。


「これなら犬を連れてるだけに見えるよね」

「犬っていうか、狼だけど……まぁ、従魔がいる生徒もいるし、大丈夫だと思うわ」

「よし、じゃあ、リル、行くぞ」

「了解」

「……できれば喋るのもやめさせた方がいいかもしれないわね」

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