第64話 本当だったでしょ
「こ、こんなっ、こんなはずではっ……」
ハイゼンは森の中を必死に走っていた。
自ら放った砲弾を浴びて、機竜は思い切り吹き飛んで地上へと墜落。
さすがの機竜も半壊し、完全停止してしまった。
むしろ半壊程度で済んだのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
さらにその強固な装甲に護られていたお陰で、どうにか生き延びたハイゼンは、得意の影移動を駆使して機竜から脱出。
そして一目散にその場から逃げ出したのだった。
「何なのだ、あいつは……っ!? 英雄マリベルを想定して用意されたはずの機竜が、手も足も出ぬとは……っ? 本当に人間なのか……っ!?」
時間をかけて準備した計画が失敗に終わってしまったのは痛いが、今はとにかく自分が逃げ延びることだ。
幸いすでに日が暮れ始めてきている。
影の中に身を潜めることもできるハイゼンを、この広い森の中で見つけ出すのは不可能だろう。
「(だが逃げたとして、私は一体どうすれば……っ? わざわざ教師になってまで準備してきた作戦が失敗に終わった……っ! 当然もう学校に戻ることは不可能で、同じ手は使えぬ……っ! それにもしこの失態を報告したら、果たしてどのような処罰を受けることか……)」
想像しただけで恐ろしく、ブルリと身体を震えた。
と、そのときである。
背後から声が聞こえてきたのは。
「逃げても無駄だよ」
「~~~~っ!?」
振り返ったハイゼンは言葉を失う。
そこには涼しい顔で追いかけてくるエデルの姿があった。
「な、な、な、な……っ!」
まだ子供だというのに、ハイゼンには彼が魔王のように見えた。
足がもつれ、上手く走れない。
「ひぃあっ!」
慌てて影の中へ飛び込もうとしたが、できなかった。
エデルに肩を掴まれたかと思うと、そのまま物凄い力で持ち上げられて宙を舞い、地面に叩きつけられてしまう。
「があああっ!?」
「よいしょ」
ザクッ、と頬の近くで土に何かが刺さる音。
ハイゼンの頭のすぐ横に、どこかで見たことのある刀身があった。
「本当に毒が塗られてたかどうか、自分の身体で試してみる?」
「っ……け、剣が!?」
一体いつの間に奪ったのか、ハイゼンの剣をエデルが握っていたのだ。
「ま、待てっ!? 待ってくれっ!? や、やめろ――」
「ほいっ」
「~~~~っ!?」
火傷したような痛みがハイゼンの右腕を襲う。
彼には視認すらできない速度で、エデルが剣先を突き刺したのだ。
「ぎゃああああああっ!?」
凄まじい激痛と共に、見る見るうちに右腕が真っ青に染まっていく。
間違いない。
毒は確かに塗られていた。
「ね、本当だったでしょ?」
「た、助けて……っ! 助けてくれっ! 解毒魔法をっ! 毒消し草を……っ! お願いだ……っ!」
もはや恥も外聞もかなぐり捨て、涙ながらに懇願するハイゼン。
しかし誰よりも彼自身がよく知っている。
彼がいつも愛用している毒は、並の解毒魔法や毒消し草など効かないということを。
「し、死ぬっ!? 私は死ぬのかっ!? い、嫌だっ! 私はまだ、こんなところで死んでいい人間ではない……っ! って、あれ……? 毒が……消えた……? ま、まさか、お前が……」
「うん。解毒魔法を使ったんだ」
「い、一瞬で解毒してしまうとは……」
途轍もない技量である。
一体この少年はどれほどの力を隠し持っているのかと、ハイゼンは戦慄するしかない。
「だ、だが、わざわざ治してくれるとは……そ、そうか……こ、殺す気はないのだな……」
「どうかな?」
ブシュッ!
――また刺された。
「ぎゃああああああああああっ!? い、痛い……っ! た、助けてくれっ! お願いだ……っ! ……な、治った?」
ブシュッ!
「ぎゃああああああああああっ!?」
それから幾度となく同じことが繰り返され、ハイゼンはその度に死の寸前まで近づいた。
身体の方はその度に解毒魔法で治っても、心はそうはいかない。
もうやめてくれと涙ながらに懇願するハイゼンを、エデルは突っ撥ねる。
「まだダメだね。まだまだ、全然反省してない。見たら分かるよ」
「は、反省、して、います……だ、だから……もう、やめて……」
ブシュッ!
「ああああああああああっ!?」
エデルによる調教は、ハイゼンの心が壊れるまで続いたのだった。
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