第65話 剣だけで大丈夫っす
「な、なぁ、本当にあの機竜を、編入生が一人で倒しちまったのかな?」
「いや、先生らが言うには、古い兵器だから、壊れて自爆したんじゃないかって」
「それはそうか……。幾らなんでも、あんなのと生身の人間がやり合えるわけないもんな」
生徒たちの中には、砦からエデルと機竜が戦う様子を見ていた者たちもいた。
だがあまりにも動きが速すぎて、誰一人として目で追うことすらできておらず、そのため教師たちが言う自爆説へと落ち着きつつあった。
そんな周囲の会話を耳にしながら、アリスは内心で呟く。
「(あいつのことだから、多分、普通に倒したんでしょうね……。おばあさまを倒すために用意された古代兵器を一人で倒すとか、どうなってるのよ……)」
一方の自分は、ディアナに気絶させられて、目を覚ましたときにはすべて終わっていた。
破壊された機竜が砦の近くに転がり、ハイゼンは人が変わってしまったように「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と呟き続けていた。
ちなみに事件を受けて、ディアナをはじめ、ハイゼンに加担した一部の生徒たちは退学処分となった。
もちろんすべての貴族の子女が、彼らと同じ考えであるわけではないだろう。
だがそれ以来、学内の貴族と平民の間でギクシャクした空気が流れてしまっている。
「(……また今回みたいなことが起こるかもしれない。せめて自分の身は自分で護れるようにならないと……。そのためには……)」
厳しい訓練のことを思い出して、身体がブルリと震えた。
それでも今後も継続していく決意を固めるアリスだった。
「兄貴っ! オレも鍛えて欲しいっす!」
いつものようにエデルがアリスの特訓に付き合っていると、ガイザーが真剣な顔をして頭を下げてきた。
「どうしたの、急に?」
「自分の弱さが罪であることに気づいたっす!」
「……?」
彼は貴族の出ではあるが、最近はエデルと一緒にいるためか、他の平民の生徒たちと同様、ハイゼンが用意した野盗の集団に襲われて砦へと連行されていた。
そこをエデルが助けたのだが、何やら思うことがあったようで、
「あんな野盗にすら勝てないようじゃ、兄貴を兄貴と呼ぶ資格なんてないっす! だから、もっと強くなりたいっす!」
「そうなんだ。いいけど、僕の訓練は厳しいらしいよ? ……だいぶ軽くしてるつもりなんだけどね」
「あれで軽くなんだ……」
アリスが頬を引き攣らせる一方、ガイザーはやる気満々に断言する。
「覚悟の上っす!」
「分かった。ええと、剣を鍛えたいってことでいいの?」
「はいっす!」
「剣も魔法も体技も槍も弓も全部やるってパターンもあるけど? ちなみに僕はじいちゃんからそれで鍛えられたよ」
「そ、そこは、剣だけで大丈夫っす……っ!」
こうしてその日から、ガイザーの地獄のような日々が始まったのだった。
「古代兵器の機竜を、単身で破壊してしまうなんて……正直、まだまだあの子の力を甘く見ていたようね……」
ハイゼンが起こした事件の報告を受けたマリベルは、呆れた顔で呟いていた。
回収された機竜は半壊状態で、もはや完全に動かなくなってしまっていたが、間違いなく本物だった。
決して魔導兵器には詳しくはないマリベルではあるが、分かる範囲でざっとその性能を推定してみたところ、信じがたい数値が幾つも導き出されてきたのだ。
「この歳であんな代物と対峙するなんて、絶対に御免被りたいわ」
場合によっては自分があれと戦うことになっていたと考えると、寒気がしてしまう。
どうやらハイゼンは生徒たちを人質に誘き出し、彼女を亡き者にしようと計画していたようなのである。
幸いエデルがその作戦を打破し、機竜まで粉砕してくれたのだが。
しかし幾ら途轍もない性能を持つとはいえ、遥か古代の兵器だ。
何かしらの誤作動が起こり、機竜が勝手に自爆してしまったのだろうと考える教師たちが大半だった。
マリベル自身、もし彼がかの大賢者ラミレスによって魔界で育てられた子供だと知らなければ、きっと信じなかっただろう。
「それにしても、あれをハイゼン一人が用意したなんて絶対にあり得ないわ」
間違いなく背後に黒幕がいる。
もちろんマリベルに代わり、この学校の支配権を狙っている第三王子セネーレに違いない。
だが何度か使者を送って問い詰めたものの、セネーレは白を切り通しているという。
是が非でも認めないつもりらしい。
幸いハイゼンははっきりと証言しているのだが、いつの間にか物証がすべて隠滅させられており、マリベルとしてもなかなか追及できないでいた。
「(……あの男がこれで諦めるとは思えないわ。学校内にいる王子派が、ハイゼンだけだとも思えないし、また必ず次の一手を打ってくるはず)」
しかも敵は機竜まで持ち出してくるような相手だ。
もはや手段を選ぶつもりもないようである。
「まったく、もう少し年寄りを労わってほしいものだわ」
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