第55話 ちょっと借りるよ

「じょ、冗談じゃねぇ……」

「何でこんなガキがいやがるなんて、聞いてねぇぞ……」

「ほ、本当に子供なのかよ……?」


 襲撃者たちはそろって地面に倒れ込んでいた。

 まさか十二歳かそこらの少年一人に、十人がかりでも圧倒されてしまうとは、思ってもいなかっただろう。


「まずは動けないようにしておいて、と」


 エデルが亜空間から謎の紐を取り出す。

 そこに魔力を通すと、触手のように動き出して、襲撃者たちの身体へ独りでに巻き付いていった。


「何だ、この紐はっ?」

「いだだだだだっ!? ひ、皮膚に食い込んできやがるっ!?」

「あ、無理に千切ろうとしない方がいいよ。手足の方が飛んじゃうから」

「「「~~~~っ!?」」」


 一見するとただの細長い紐、いや、糸と言っても過言ではない太さだが、恐ろしい強度に加えて、真剣のような切れ味を有していた。


 その正体は、魔界に棲息する蜘蛛の魔物から採取した糸である。

 餌を絡めとるのみならず、餌を食べやすいように斬り刻む役目も担っていたため、下手に動くと本当に手足を失いかねない代物だった。


「あと、魔法で焼こうとしても無駄だからね」


 高い耐火性も有しているのだ。


 エデルが彼らの覆面を剥ぎ取っていくと、とても堅気とは思えない、人相の悪いおっさんの顔が次々と晒される。


「それで、何のために僕たちを襲おうとしたの?」

「お、俺たちは、君らを捕えて、連れてくるように言われただけだっ! だから詳しい目的は知らねぇっ!」

「言われたって誰に?」

「分からねぇ! 変な仮面で、顔を隠していたからなっ! ただ、かなりの前金を積まれて、成功報酬でさらに大金を貰えるって聞いて……っ!」

「本当かな?」

「本当だっ! 信じてくれっ!」


 もはやエデルの存在に恐怖を覚えているようで、すんなり白状してくれた。


「まぁ、詳しいことはあっちに聞いた方が早いかな」


 エデルは結界の方へと視線を転じる。

 そこでは取り押さえられたグリスが悪態をついていた。


「クソッ、平民どもがっ、汚らしい手で俺に触るんじゃねぇっ!」

「こいつ、この状況で偉そうにしやがって……自分の状況が分かってないのかよ?」

「今ならぶん殴っても許されると思うぞ」


 ランタとブリックが今にもグリスに制裁を加えようとしているところへ、エデルが割り込む。


「ごめんね、ちょっと借りるよ」


 グリスの首根っこを掴み、そのまま片手でずりずりと引き摺っていく。


「え、エデルくんっ? そいつどうするつもりっ?」

「ちょっと詳しい話を聞かせてもらおうと思って」

「それならここで聞けばいい気が……」

「うーん、多分この感じじゃ、すんなり話してはくれないでしょ?」

「……」


 一体何をするつもりなのだと、ティナが頬を引き攣らせる。


「あんまり見ない方がいいと思うよ? 見たいなら見てもいいけど」

「や、やめておくっ!」


 ブンブンと慌てて首を左右に振るティナ。

 グリスも思わず青い顔で、


「お、俺に何かしてみやがれっ! 俺の家が絶対に許さねぇからな……っ!?」


 声を震わせながら脅し文句を口にする。

 もちろんそんなものがエデルに通じるはずもなく。


「そう? じゃあ色々吐かせた後、二度と喋れない身体にしてあげようかな?」

「ひっ……や、やめろっ……やめてくれ……っ! うあああああああああああっ!」


 そのままエデルに引き摺られ、悲鳴と共に木々の向こうへと消えていくグリスだった。







 グリスがエデルの〝調教〟受けている、ちょうどその頃。

 森のすぐ近くに設けられた、今回の冒険探索の拠点となるベースキャンプでは。


 そこに待機していた英雄学校の教師であるシャルティアとハイゼンの元へ、生徒の一人が慌てた様子で森から飛び出してくる。


「た、大変ですっ!」


 その生徒が言うには、どうやら森の中で謎の集団に襲われてしまったらしい。

 チームメンバーたちがやられる中、彼は担任たちに状況を伝えるべく、どうにか集団から逃げてここまで来たようだった。


「まだ走れますか?」

「は、はいっ!」

「ではその場所に連れていってください」


 すぐに現場へと向かおうとするシャルティア。

 だがそんな彼女の前に立ちはだかる者がいた。


「……何のつもりですか、ハイゼン先生?」

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