第48話 なんとかしなさいよ

 アリスは魔法が苦手だった。


 その最大の原因は、ことだ。


 彼女は常人の何倍、いや、何十倍もの魔力を保有している。

 単純に考えれば、魔法使いとしてこれ以上ない才能を持っていると思うだろう。


 だが巨大すぎる魔力は、相応の制御能力を術者に要求する。

 なにせ下手をすれば、とんでもない大事故を引き起こす危険性を孕んでいるのだ。


 実際アリスは、過去に魔法の訓練中、当時彼女を指導してくれていた先生に、魔法を暴走させて大怪我を負わせてしまったことがあった。

 そして心優しい彼女には、それが大きなトラウマとなってしまったのだ。


 また自分のせいで、誰かを傷つけてしまうのではないか。

 その怖さから、ロクに魔法を使うことができなってしまっていた。


 彼女のさらなる不幸は、英雄の孫だったということ。


 あの英雄マリベルの孫娘でありながら、まともに魔法が使えないのか。

 幻滅されたり、陰口を言われたりすることは日常茶飯事だった。


 とりわけ同じクラスのディアナは、アリスを執拗に揶揄ってきた。


 ディアナは伝統的な貴族家の娘で、そもそも平民出の人間が英雄として賞賛され、さらには爵位まで与えられていること自体を、よく思っていないのかもしれない。

 そうした彼女の考えを反映するように、取り巻きたちも全員が貴族の子女だ。


「このくらいのことができなくて、一体どうして英雄学校に合格できるんですの? ああ、なるほど。そこはどうにでもなりますわよね。だって、おばあさまが校長先生なのですもの」

「……っ!」


 この日も魔法実践の授業中に、ディアナから辛辣な言葉を浴びせられていた。

 と、そこへ。


「ねぇ、何でそんなに力を制限してるの?」


 他の生徒たちが遠巻きに見ることしかできない中、平然と声をかけてきたのは編入生のエデルだ。


「な、何よ? あんたには関係ないでしょ?」


 こいつもまた魔法を使えない自分を馬鹿にするつもりかと思い、アリスは反射的に冷たく返してしまう。


「いや、だって、わざと魔法が使えないように振舞ってるようにしか見えなくて」

「……」


 アリスが何も言い返せないでいると、ディアナが哄笑を響かせた。


「あはははっ! なるほど、そうだったんですの! それはそうですわね! あの英雄マリベルの孫娘が、まさか本当に魔法が使えないなんてこと、あり得ませんもの! では今度こそ、ちゃんと魔法が使えるところを見せてくださいまし!」


 また目の前で魔法を使わせ、辱めようという魂胆だろう。

 アリスは余計な口出しをしてきたエデルを睨みつける。


「さっき、あんたも見てたでしょ! 私は、魔法が苦手なのよ……っ!」

「そうかな? この間、魔力を放出してきたでしょ? それと同じ要領でやるだけだよ」

「あ、あれは咄嗟に……」


 突然のことで、ついやってしまった。

 相手がエデルではなかったら、殺してしまっていたかもしれない。


「もしかして、魔法が暴走しちゃうかも、って思ってるの? その心配は要らないよ。何かあったら、僕が何とかするからさ。一度余計なことなんて気にせず、思いっきりやってみたらいいと思うよ」

「……」


 何とかするなんて軽々しく口にするなと、アリスは内心で思う。


 だが目の前の少年であれば、本当に何とかできてしまうのではないか。

 実際、先日もアリスの放った魔力を、いとも簡単に霧散させてしまったのだ。


「……分かったわよ。そこまで言うなら、やってあげるわ」


 覚悟を決めた顔で告げるアリス。

 ディアナが「また挑戦するんですの?」と嗤う中、もうどうにでもなれと、半ばヤケクソ気味に詠唱をスタートする。


 普段は抑え込んでいる膨大な魔力が一気に噴き上がり、それが周囲に吹き荒れた。


「「「~~~~~~~~っ!?」」」


 巨大な魔力にあてられ、圧倒されるクラスメイトたち。

 先ほどまでニヤニヤと嗤っていたディアナの顔も引き攣り、思わず二、三歩後ろによろめいてしまう。


「ほんっとうに、なんとかしなさいよ……っ!」

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