第49話 被害が出ないようにするよ

「ほんっとうに、なんとかしなさいよ……っ!」


 そう訴えるアリスの凄まじい魔力が、火属性へと変換されると、


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 直径十メートルを超える巨大な炎の塊が出現した。


「な、な、な、な……」


 ディアナが言葉を失い、その場にへたり込む中、猛烈な熱風が周囲の気温を一気に上昇させていく。

 あまりの熱さに、近くにいたクラスメイトたちの全身から汗が噴き出す。


 しかも最初は塊だった炎が、俄かに渦を巻き始めた。


「くっ……言うことを……聞きなさいよ……っ!」


 必死にコントロールしようとするアリスだが、それも虚しく、次第に炎が暴れ出す。


「アリスさん!? は、早く離れなさい……っ!」


 事態に気づいたシャルティアが慌てて叫ぶが、膨大な魔力に気圧されてしまっているのか、誰もその場から逃げ出すことすらできない。


 やがて炎が複数に分離し始め、幾つもの渦と化して荒れ狂った。

 さながら多頭の大蛇だ。


「ひいいいぃっ!?」


 そのうちの一体がすぐ傍にいたディアナに躍りかかる。


 直撃を受ければただでは済まないだろう。

 だが彼女は悲鳴を上げるだけで、動くことすらできなかった。


 必死にこちらへ駆けてくるシャルティアも間に合わない。

 ディアナが炎に呑まれる、そう誰もが思ったその寸前、


「よっと」


 割り込んできたのはエデルだった。


 ゴオオオウッ!!

 彼が一瞬にして巻き起こした竜巻が、炎の大蛇をあっさりと呑み込み、一緒に空へと消えていく。


「全然制御できてないね」

「うるさいわねっ! こっちも必死なのよっ!」

「まぁ諦めずに頑張っていれば、そのうちコントロールできるようになると思うよ」

「その間、本当にあんたが何とかしてくれるのよねっ!?」

「大丈夫。絶対被害が出ないようにするよ」

「その言葉、信じるわよっ!」


 周りのことはエデルに任せ、魔力を制御することだけに意識を集中させるアリス。

 実際、炎がクラスメイトを巻き込もうとするも、それをエデルがいとも簡単に風魔法で散らしていった。


「こ、これは……」


 ようやく近くまで来たシャルティアだったが、その様子に思わず足を止めた。


 一瞬の迷いの後、彼女が取ったのは、すぐさま近くにいる生徒たちを避難させることだった。

 本来であれば元凶の炎そのものを処理する方が早いはずだが、そもそも教師である彼女ですら、あれをなんとかするのは至難の業だろう。


 それに何より、


「(アリスさんが、魔法を……っ!? ずっと魔法は苦手にしていたはずなのに……っ? しかもこの膨大な魔力は……マリベル様にも匹敵するレベル……っ!?)」


 担任を務める彼女も知らなかったのだ。

 アリスが本来、常人離れした魔力の持ち主であるということを。


 どうにか近くにいたクラスメイトたちを避難させたが、暴走する炎は下手をすればこの広い訓練場からも飛び出し、周辺の校舎や生徒たちをも巻き込みかねない勢いだ。

 万一、エデルが対応し損ねてしまったら、大きな被害が出るだろう。


「(もし彼女がこの魔力を制御できるようになれば……)」


 それでもシャルティアは、アリスを止めようとはしなかった。


「い、い、い、一体、何なんですの、あの炎は……っ!?」


 そこでようやく我に返ったらしく、ディアナが大声で叫んだ。


「アリスがなぜあんな魔力をっ!? 魔法が使えないのではなかったんですのっ!?」


 信じられない、とばかりに声を荒らげるディアナ。

 無論その声が聞こえたわけではないだろうが、


「ひっ!」


 そこへ運悪く、またしても炎の渦が彼女の方へと飛んできた。


「くっ……」


 近くにいたシャルティアが咄嗟に剣を抜き、魔法を詠唱。

 刀身に風を纏わせると、迫りくるそれを斬り飛ばそうとして、


「よいしょっと」


 いつの間にか目の前に現れたエデルが、風魔法で容易く処理してしまった。


 皆が呆気にとられる中、ディアナがこの場の誰もが思っていたことを叫ぶ。


「あの炎もあり得ませんけどっ……それ以上にっ……何なんですのっ、あの編入生は~~~~~~~~っ!?」


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